かざみどり・2



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 図書室名物「木曜の占い師」を知る者は、図書委員経験者を除けば極少数だ。
 卒業生たちの話では何度かその肩書きと存在が消えた年もあったというが、占い師はその度になぜか蘇り、今もなおこの学び舎に存在し続けている。
 こんな意味不明な組み合わせの伝統が秘密裏に図書室に息づいているのに、何か意味があるとは思っていない。
 けれど、当代七代目も木曜の放課後、呪われたように図書室に居た。

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 司書準備室に入って来た彼女の顔は、ひどく戸惑っていた。きっと僕を見てのことだと思うが、一瞬だけあった僕と加納の間のやり取りに気付かず、佐野先輩は彼女を招きいれた。
「あー、入って入って。紹介する………つっても、同じクラスなんだっけ」
「やあいらっしゃい、待ってたよ。加納さん」
 サービススマイルを振りまきながら、高坂も復活した。
 言い方がかなり冗談めいているが、猫被りのツラだけは非常に良い。この表裏の二枚を使い分けて、校内では男女問わず"好青年"のイメージを確立している。
 一応サービス業の真似事をしている旨を伝えているせいか、高坂は品のよさげな笑顔を浮かべたまま、僕の対岸にある席を引いて彼女を促した。
「さ、座って座って」
「ど、どうも………」
「いえいえ。俺が出来るのは、このくらいですから」
 と言いつつ、淹れたての紅茶が魔法のように背後から出てくるのはさすがだ。
「わあ………」
「相変わらず女性に対してソツがないねぇ、高坂くんは。でも」
 呆れ調子なのか感心してるのかよく分からない顔で、佐野先輩は高坂の襟首をつかんだ。
「今日のアンタの出番はこれでオシマイ。後は七代目に任せましょ」
「ちぇっ、こういう時じゃないと加納さんみたいなお淑やかな子とは話せないのになー」
「私がじっくり付き合ってあげるわよ」
「ちょ、襟首つかまないで、締まる、締まるッ!」
 とりあえず、隣の部屋に消えて行きつつある掛け合い漫才を溜息混じりに無視して、僕は加納に向き直った。
「とりあえずようこそ」
「は、はい。あの………佐野先輩の紹介で来ました。よく当たる占い師がいるって聞いて、その………」
「話は聞いてる。先輩、うっかり僕のことバラしたらしいね」
 わざと誰にも視線をあわせず、持っていたトランプをシャッフルしながら僕は言った。少し怒っているように見せると、彼女の表情が少し慌てた。
「あ、あのっ、わたし…………迷惑、だったかな?」
「別に。先輩に貸しを作ったと思えば、むしろいい取引かもしれない」
「貸し………」
「素直じゃないネェ、上嶋君」
 突如、壁際の方から声が降り注いだ。閉まっていたはずのドアから顔が半分だけ出ている。気味というより、往生際が悪い。
「コイツね、先輩に大きな借りがあってね。頭が上がんないんだよ」
「………高坂。とりあえず、出てけ」
「つれないなぁ。んじゃ、後は二人っきりでよろしくグッバーイ。加納さん、襲われそうになったら遠慮なく呼んでネン☆」
 わざとらしく下手なウインクを残して、図書委員が本来常駐しなければいけないカウンターの方へ消えていった。
「あの野郎………」
「…………高坂君って、いつもあんななの?」
「まあ、ここに居る時は大体あんな感じかな………」
 トランプをシャッフルしながら、改めてじっと彼女を見る。
 加納舞子の名前は学年でも結構有名だ。成績もトップに近いところを維持しつつ、弓道部のエースを務め、そして凛々しくも柔らかい大和撫子的な性格。おまけに容姿もソツがない。性格を含め、特段抜きん出ることのない控えめさとそのオールマイティなバランスが余計に男の庇護欲を駆り立てる………らしい。
 お嬢様を形にしたら彼女は間違いなく一つの典型だった。
「あの、上嶋君。もしかして私の髪、はねてる?」
「あ、いや、違う………なんでもないんだ」
 言い訳紛いに程よくシャッフルしたトランプを、テーブルに置いた。
 降りかけた気まずい沈黙を打ち消すように、僕は続けた。
「あ、はじめる前に一つだけ、お願いがあるんだけど」
「はい」
「このことは、他の誰にも言わないこと。僕は元々こういった知り合い相手に占いをするのはあまり好きじゃないんだ。一応でも、私情や立場が混じるから。出た結果で、その人を傷つけてしまう場合もあるし」
「そっか、全く知らない人じゃないもんね」
「同じ学校、ってだけでも大分違う。なるたけ素性は知らない方が良く分かるんだ」
「よく分かるって、未来………とかが?」
 半信半疑な、好奇心が混じった視線に、僕は溜息で応えた。
「信じようが信じまいが、それは本人次第だけどね」
 机の前で手を組んで、僕は間を切った。
「で、今日はどんな占いを?」
「あ、え、ええと………今日の運勢を」
「今日の運勢?」
「う、うん………」
 午後四時にもなって、今日の運勢と来たか。
「………ああ、さては今日これから、何か加納さんにとって大事なことがあるんだね」
 心を見透かされたように、加納は目を丸くした。
「なるほど。加納さんにとって、今日はまだ始まってもいないわけだ」
 やや皮肉ると、顔が赤くなった。クラスでは比較的大人しくて穏やかな部類に属する彼女からは想像もできない。
 これなら、この先にあるイベントがどういう類のものかどうか、誰でも分かる。
 僕はゆっくりと、トランプに再び手を伸ばした。
「大丈夫、それ以上は詮索しない。今日の運勢でいいんだね?」
 念を押すと、彼女もゆっくりとだが確かにうなずいた。
「お願いします」
 テーブルの向こう側、僕の一動作を真剣に見つめる彼女の顔が、僕の胸に突き刺さった。はじめは一点だけが刺されたように痛く、そこからじわりと沁みるように、胸全体が暑くなる。
 僕はこの二つの痛みの名前を知っている。
 そしてその痛みに今は耐えなければいけないことも。

「それでは、始めます」

 総てを振り払うように、僕は目の前の「嘘」を再びシャッフルし始めた。