−篠田啓一−
「…………」
鮮やかに晴れた日の夕闇は、飲み込まれるオレンジと迫り来る群青の色の差が明確に現れて一種毒々しい。
赤く差し込む日差しから、見える下校の風景。
自分以外に誰もいない二階の窓からも、それらは一枚の絵のように見えた。
キレイとはいえないが、なかなか絵になる。
「…………あ」
少し早足の少女が、昇降口を抜けてとっとと校門へ抜けてゆくのが見えた。
その顔には、心なしかいつも抱いているものが欠落している。
自分を階段から突き落としたことになっている少女。
静宮有香。
彼女が下校するということは、そろそろなんらかの答えが出る。
問題の牧野淳也も、そろそろ自分の鞄を持ってここに現れるだろう。
「ん……」
日没から室内に視線を移すと、少し日に近いところにあった眼が視界を失う。落ちた衝撃で軽く切った頭の痛みもついでに、片手で軽く抑える。
一度目を閉じると、開け放しておいたままだった窓から冷えた夜の風が迷い込んできた。
「………」
その風がふわり、一瞬出口を見つけて流れる。
戻った視界がとらえる保健室の入り口に、牧野が立っていた。
「………牧野」
「あれ、起きてたのか」
口調の割に、心配している様子はあまりなさそうだ。
「おかげさまで」
「その様子だと別段どっか調子悪いって事はないみたいだな。頭以外は」
「まぁね、これだってただの切り傷だし、痕が残るかどうかは微妙だけど」
そう言って、巻かれた包帯に触れる。
ざり、という独特の感触がして、自分がしてるのが包帯だと分かる。
「これでもうちょっと頭良くなればいいな。怪我の功名」
「余計なお世話だよ………」
溜息混じりにあきれると、彼が笑った。
「………で、先生は?」
「あれ、お前が起きた時、いなかったか?」
丸椅子をくるりと回して、彼の方へ向き直り、首を縦に一回振った。
牧野は頭を掻きながら、持っていた二つの鞄を待合の長椅子に置いた。
「ったく、しょうがねぇな。怪我人ほっとくなんて」
「まぁ、意外と忙しいみたいだからね、あの先生」
「へぇ、あのオバハンがねぇ」
どうでもよさそうな顔をして、牧野が長椅子に腰掛ける。年季の入った長椅子が、ぎぃとかわいく鳴いた。
「あのさ」
「ん?」
「なんか時間かかってたみたいだけど、何かあったの?」
何気なく、普通を装って問いかける。
「え?」
牧野は、すぐに顔に出るので面白い。
反応が分かるので思わずからかいたくなる。
「だって、教室に行ってたんでしょ?」
「あ、ああ………」
「往復するだけなら、大して時間かからないじゃん?起きてだいぶ経つから」
「ああ、熊沢にあってさ………ほら、部活の」
「………ふーん」
歯切れの悪い言葉に、苦笑い。
これでも、本人はまだバレていると気づいてないのだろうか。
「勘ぐり過ぎだし、鞄を持ってきてやっただけでありがたいと思え」
「へいへい、ありがとうございました、ダンナ」
丸椅子を転がして転がして、長椅子の近くまで寄せる。
「そういえば、みんなは?」
「アイツラ部活だとよ。お前ほったらかし」
「で、牧野なわけか」
盛大な溜息に、牧野がむっとした。
「いるだけありがたいと思えよ」
「そだね、ごめんごめん」
軽く笑って、内心ほっとする。
静宮さんをつれて来ていたら、と思うとぞっとした。
どうやら暫定的に賭けには、勝ったらしい。
彼女は、突き動かされて自ら負けを選んでしまった。
己の弱さが故に。
「………さて、日も暮れてきたし、帰ろうか?」
「いや、保健の先生を待った方がいいだろ。頭の様子誰も聞いてないと思うから」
「あ、そっか………」
立ち上がりかけて、はたととまる。
賭けに勝ったのが複雑で、自分が怪我で搬送されていたのを忘れていた。
「来るまで、どうしたものか」
「あっちむいてホイでもする?」
「お前いくつだよ………」
牧野はあからさまにあきれたような顔で、こちらを見た。
―――内心、ほっとする。
僕はまだ、彼にとって「一番の友人」だ。
いつか変わってしまうとしても、今、彼女に横から持って行かれるのはごめんだった。
意味を違えても、どちらも大好きだから。
だから、やめられない。
―――僕は、欲張りだから。