………雪が、降る。
なんでもない野原の上。
二人の小さな子供が、その雪の到来を叫んではしゃぎ回る光景が、あった。
その子供たちを見ながら、男が一人その野原の遙か後方で佇んだまま見ていた。くたびれたロングコートを風になびかせたまま、ただその光景を懐かしそうに眺めていた。
その傍らにいた女性が一人、同じ視線を子供たちに向けていた。
夢であるのは、分かっていた。
こんな光景はただの一度もない。もはやありえない。
夢であるのが、胸があまり痛まないためのせめてもの救いだった。
それは、ありふれた光景のはずだった。
『あたりまえ』に存在した可能性のある光景。
どこで、道を違えたのだろう?
自分は、なにを間違えたのだろう?
所詮、自分のしてきたことは警察という職務のために愛する人を捨て、息子を追いつめて殺し、もう一人の息子を凶行に駆り立てただけだった。
本当に、それだけだった。
その時、ティールの、息子の声が頭の中に反芻した。
『アンタが自分の犯した罪を償う気があるのなら』
バムジェイは、大きく目を閉じた。
息子達が望んだ、最後の願い。
夢見た『家族』の少女を、救うこと。
バムジェイはもう一度その光景を強く心に残そうと、目を開いた。
しかし目の前にあったのは雪の降る草原ではなく、ただの客間の天井だった。
−11−
「…………」
大きく、息を吐いた。
安堵からか、後悔からかはバムジェイ自身にも分からなかった。
相変わらず寒気だけは厳しい。毛布をかぶり直そうとしたところで、ふと反対側のソファーに人がいるのに気付いた。
いつからいたのか、まったく検討がつかない。
「……」
少し髪の長い、この辺にいそうな普通の娘だった。特徴も、これいといってすぐにあげられるものはない。
「趣味が悪いな」
「………」
面会は昼からのはずだったが、なぜか初対面でもバムジェイは彼女がシモンヌ・セルディアードであると分かった。
彼女は身柄を警察に保護され、あの事件から三日経った今もほぼ警察内で軟禁状態のまま過ごしていると聞いていた。
「……………」
「………いつからそこにいたんだ」
沈黙が気まずくなり、バムジェイはソファーから半身を起こして頭を掻いた。
「寒くないのか?」
「………慣れてます」
少し、顔がやつれた少女は呟くようにそう言った。
「あなたが、バムジェイ・ファストロード?」
「……ああ」
「リカルドを追いつめて、ティールの最後を看取った人?」
ずきりと、胸が痛んだ。
夢の中を見てきたような口振りだった。
「そして、今日からお前の親父だ」
取って付け加えるように、バムジェイは言った。
「アイツ等の、最後の頼みでな………泥棒が警察を頼るなんざ前代未聞だ」
「一つ、聞いてもいいですか?」
「………」
シモンヌはその無言を肯定と取った。
「私の兄さん達は、アナタにとってどんな存在だったの?」
「…………寝起きに、される質問じゃねえな」
煙草を加えようとした手を、少女に止められる。
「…………」
「……」
その真剣な瞳に、面倒くさそうに溜め息を吐いて。
「ここまで来たらアイツ等も、俺の息子みたいなもんだよ。特にリカルドはな………あんな育て方をした親の顔を見てやりてえよ」
バムジェイは煙草を箱に戻してテーブルに置くと、そう言った。
「俺にも子供がいたがな。一度妻が人質に取られてな……俺もアイツもそんなことはもうゴメンだった。それ以来、子供にゃあってねぇ」
「それじゃ全員………子供にしてくれる?」
「………今更一人や二人増えてもかわらねえよ」
この娘の深い傷を癒すことが、自分へ与えられた贖罪。
亡き二人の最後の願いにして、自分へ与えた最大の罰。
「バムジェイ、さん」
ぎこちなさそうに呼ばれる自分の名前に少々戸惑いながら、バムジェイは少女の顔を見た。
間違いなく、笑っていた。
「ありがとう」
「…………」
何も、言葉が出ない。
「………朝メシを、食いに行かないか」
かろうじて搾り出したセリフは、人生のワースト上位に間違いなく入るセリフだった。
「………」
少女はまだ、無理をして笑ってくれているように見えた。
いつか、その微笑みが心から本当のものになるように。
「……はい」
時は、動き出す。
後悔を、思い出すために。
そしてその間違いを………今度こそ、繰り返さないために。