−終−
その日は、からりと晴れ上がった。
昨日までのどんよりとした空気が、嘘のように街は明るい。
停車場の通りも最近の雪の日に比べれば明らかににぎやかだった。
来た時と同じ服装と数少ない荷物を手に持ったバムジェイと、少し大きめのボストンバックを足下に置いたシモンヌが、停留所にいた。
「晴れて良かったですね」
「ああ………そういやここんところ、雪続きだったからな」
夜と違う群青の空を見上げて、バムジェイが言った。
事件から一週間して、ようやくエンシュタルテへの帰還辞令と簡易的だが法的な親権の授与が終わった。
リーデンは撃たれた傷の病状がさほどでもないためか、事件の二日後にはドートネルへと帰っていった。リーデンがドートネルの所長に近いポストについていることを知ったのは、その時だった。つまり、バムジェイは直属の上司よりも偉い人間に対して命令していたことになる。
別に、クビにならなければこの年で昇進もない。リーデンがドートネルでもあの性格であるなら、そのクビの心配も杞憂だった。
しばらくすると蹄の音が、遠くから人々の喧噪を潜り抜けてゆっくりと近づいてくる。
詰め所のような所にいたくたびれた帽子をかぶった男がいつのまにかバムジェイの隣に突っ立っており、足で昇降台をバムジェイのほうへ寄せた。
「今日は良い天気ですな」
帽子の男は、バムジェイに言った。
「ムカツクくらい良い天気だな」
「………何か晴れの日に恨みでもあるんで?」
「いや、別に」
「それにしても、今日はどこかへお引っ越しですかい?」
「まあな」
そういって煙草を取り出そうとして伸びた手を、隣にいたシモンヌが捕まえる。
「……………」
「……………」
バムジェイの手が緩み、だらしなく元の位置へ戻る。
御者がそれを見て笑った。
「あはは、こりゃ手厳しいお嬢さんだ」
「体に悪いですから」
シモンヌはきっぱりと言い切った。
「機嫌が悪い理由が分かったろう?」
「はぁ、ごもっともですな」
一通り会話が終わった後の三人の前へ、二頭の栗毛の馬を繋いだ馬車が止まった。
プロの仕事とばかりに、馭者が慣れた手つきで車の戸を開けた。
先に、バムジェイが昇降台を登って馬車の中へ入り込み、手を差し出した。
「…………」
遠目のまま、シモンヌは大通りの町並みを眺めていた。
何かを思い出すような、そんな目だった。
「おい」
少し苛立った声をわざとあげて、彼女を我に返す。
「え」
「ほら、かばん寄越せ」
差し出された手に鞄を乗せ、シモンヌも昇降台を登って馬車の中へ入る。
「それじゃ、よろしいですか?」
馭者台にあらかじめ乗っていた馭者が、後ろを振り向きながら二人へ言った。
「ああ。頼むよ」
バムジェイの声を聞くと、馭者が静かに馬の背中へ鞭を入れる。
少しずつ、視界が滑るように動いて行く。
「…………」
「…………」
複雑な気持ちを抱えたままの親子を乗せて、馬車は静かに停車場を離れる。
……からりと晴れた空の下。
時は、今もゆっくりとだが、流れている。
【END】