月並みだがお前がこの手紙を読んでると言うことは、少なくともオレが話せる状態ではなくなった、ということだな。
まぁ、その辺の事情はシモンヌから聞いてほしい。
実は、お前に知っておいてもらいたいことがあるんだ。
お前が来てからでもいいが、万一手遅れになってからではオレの気が晴れない。
少し長くなるが、聞いてほしい。
あの、全員が散り散りになって逃げた夜。
三重になった包囲網から全員を逃がすのは不可能に近かった。
あの時、オレだって諦めていたんだ。
もう打つ手がない。
どれだけ抗ってもあの数では捕まるのは、目に見えていた。
最後に大博打を打つのにお前達古株を説き伏せるのは大変だったな。
お前等は口々に言った。
「頭さえ残っていれば、いずれやり直せる」
だが、オレはそうは思わなかった。
頭は頭に据えられている限り、いつか潰れる運命にあるんだと思う。
その時、組織の腰や足下にいたヤツが時代を継ぐ。
それでいいんだ。
今でもあの行動だけは後悔していない。
オレが囮になり、出来得る限りエンシュタルテからメンバーを逃がし。
それが古株だけになり、オレ達は最後にまた会う約束をしてそれぞれ散った。
なるべく、目立つように行動していたら一発、脇腹に喰らった。いつのまにか、頭もこめかみのところが切れて血が出ていた。
痛みはあったが、とにかく必死だった。
どうやってエンシュタルテを抜け出せたのか未だに覚えてない。
その後、ディエーにドートネルで合流した。
比較的ドートネルは警察への賄賂が横行しているから、金さえ払えばそれほど素敵な目には合わないのはお前も知ってるだろう?
ドートネルへ来たディエーも命からがらといった感じだった。
路銀もほとんどないまま飛び出したから、オレ達は盗むしかなかった。
脇腹の怪我はあまり調子が良くなかったが、仕方がなかった。
今考えてみれば、自分のために盗むって言うのは久しぶりだった。
一番最初に食べるものがなくて子供の頃にやった泥棒にでも戻った気分だった。
体よく食料を頂戴して、別行動を取っていたディエーの元へ戻る途中だった。
警察の追手が、ここまで来ていた。
急いでディエーの元へ戻ると、彼女は真っ青な顔してオレに言った。
「アンタが連れてきたんだ」って。
元もとディエーの本性は金目当てだったらしくて、どこかでオレが金を貯め込んでると思い込んでいたらしい。
銃を突きつけられて、彼女はオレに金の在処を尋ねた。
少しはあったが、彼女が望んでいたようなものは持っていなかった。
その後の口論も、よく覚えていない。
話によれば、ディエーはオレの名を語ってドートネルで資金を貯えて逃走したらしい。
とりあえず、錯乱した彼女の一発を肩に受けてオレは飛び出した。
仲間に裏切られたのも、今回が初めてじゃないし、一度や二度じゃない。
でも、少しはショックだった。
その後は、また必死に雪原を走って。
なんとか一昼夜でフィンデルロードまで来た。
だが、そこで限界だった。
さすがに二日間飲まず食わず眠らずでドンパチやったら、疲れもピークだった。
さらに、二発喰らってた。
さすがにもう死ぬと思った。
いや………もう生きてるのが、辛かったんだ。
でも、ここでシモンヌに救われた。
彼女は必死扱いてオレを助けて、目が覚めるなりオレに言った。
「傷が治るまででいい。一緒にいてほしい」と。
傷が治ることなど、おそらくないことは分かっていた。
彼女は多分それを十分に良く分かっていただろうと思う。
だから、お前宛に一通目の手紙を書いた。
できたらで、いい。
身寄りの居ない彼女を、引き取って一緒に暮らしてはもらえないだろうか。都合のいい話だというのも、わかっている。逃げきれていないからそれどころではないのかも知れない。
お前には、俺の代わりにシモンヌの兄として普通の生活を送ってもらいたいんだ。
それが、約束を交わした彼女へできることで、迷惑に思うかもしれないがお前に出来る事でもある。
もう、家族がいない人間など、俺は増やしたくないんだ。
これを書いている今、自らを長くないと思う。
だからいつ死んでもいいように、この二通目の手紙も残した。
本当はお前にこれをしゃべってこの手紙ごとびりびりにしてやりたいが、読んでいるものは仕方ない。多分、オレは死んでいるのだ。
正直、ペンを持つのも疲れてきてしまった。
最後に一つ、一番長い間オレを見てきたお前に問いたい。
ティール、オレは間違っていたのだろうか?
他人を救うために他人を蹴落としてしまうことは、間違っているのだろうか?
オレは自分が正しいとは一度も思ったことはない。 盗むことは、純粋に悪いことだからだ。
だが他人の末を無事なところから眺めるのは、悪いことではないのだろうか?
仕方ないと言って、諦めるほかないのだろうか?
幼い頃生きるために物を盗んだオレ達はあの時死ぬべきだったのだろうか?
これ以上言ったところで禅問答になるのは目に見えている。
所詮は、半死人の愚かな世迷い事だ。
立場によって意見が違うことになるのを知っているのに、謎をかけたのは自分への気休めに過ぎない。
オレが正しいか、正しくなかったかはお前が判断してほしい。
唯一、お前にだけはその権利があるとオレは思う。
オレの弟であり続けてくれた、ティール・アーシェンへ感謝を。
兄らしい事、してやれなくて、ごめんな。
………できれば、これからは良き未来を切に願う。
リカルド・アーシェン