Carefree 第6話 「はさみ」



 しゃきっ、しゃきん。

 小気味のいい音を立てながら、ハサミがぱらりぱらりと髪を切り落としてゆく。時々、髪が均等になってるかどうかをチェックしながら、私はトモヒトの髪を伸ばしたり、時たまくしゃくしゃしながらいじくりまわす。
「………」
 間近で見ると鮮やかな茶色のトモヒトの髪は、生乾きで夏の太陽の匂いがする。

 かく、かくん。

「………こら」
 船をこぎ始めたトモヒトの頭を両手で支えてゆする。
 さすがにプロじゃないんだから、頭が変な方向に傾いていたら髪が切れない。
「おきろって、ほら」
「ん……」
 とろんとした少し甘い声。首に力が入って、私はその手を離した。
「やっぱり寝てたな、トモヒト」
「あれ……寝てた?」
 声がいわずもがな、それを証明している。
「ああ。船こがないでくれ、切れないから」
「あー、ごめん」
 布の下から手を出して口を拭うと、トモヒトは椅子に座りなおした。
 トモヒトは現在、二重にたたまれた麻布の間に紐を通し、首のところで結ばれてテルテル坊主にされている。
 下手するとスマキのように見えないこともない。
「それにしても、どれくらい寝てたんだろ、僕」
「さあ。傾いてから寝てたのに気付いたからな」
 私は再び大型のはさみに力を入れると、トモヒトの髪に刃を入れる。

 しゃきっ、じゃきっ、しゃきん。

 刃の通る音と髪が麻を叩いて落ちてゆくだけが、誰もいない通りの音の全て。
 初夏の陽気は少しきつくて、日陰で切っているにもかかわらず汗が出る。

「ふぅ」
 思わず汗を拭うと、目の前の頭がこちらを向いた。
「ねぇ、ヒロ」
「なに」
 短く切って、その後無言のまま、私ははさみを動かし続ける。
 ときたま、強い日差しがきらりきらり刃先へと反射して、私は少しだけ顔をしかめる。

「………次は、大丈夫かなぁ」

 祈りにも似た言葉に、私は静かに視線をくゆらせた。
 つとめて明るく放たれたつもりの言葉は、風に乗るどころか、熱気と共に足元へ沈み込む。

「夢でも見てたのか、お前」

「………」

「本当に、懲りないな」

 私は手を止めて、トモヒトの頭に手を載せた。
 まだ渇ききっていない髪が、やけに心地よかった。

 昨晩、むしろ深夜に泥酔して帰ってきたトモヒトを私は責める気にはならなかった。

  それほどまでに、心の傷が深い。

 今朝、思い切って髪を切りたいといった時、私は少しだけ躊躇した。

  まだ、立ち直れていないのに。
  暑いからだとか適当な理由をつけていたけど、私にはわかっていた。

「まるで女の子の『儀式』みたいだな」
 私もそれだけ言って、差し出された、大型のハサミを受け取る。
 確か金物屋の閉店セールのとき、奥にしまわれたままだった業物。

「トモヒトは、さ」

「ん」

「ゆっくり行けば、いつか出会うよ」

「………うん」

 短く、少し恥ずかしげにうつむいたトモヒトの後頭部を軽くぽんと叩いた。
「よし、こっからはお腹が空いたからラストスパートするぜ」
「今日の昼はなに?」
「小麦でなにか」
「………三日連続」
「言うな」

 釘を刺すように、私は短くなりつつあるトモヒトの髪を少し強く引っ張った。

 じゃきり、じょぎ、じゃきん。

 削げ落とすように。

 ………思い出も、悲しみも全部。

 くるしみを分かち合えない、私ができることだから。

「そういえば、ヒロ」
「ん」
「ヒロは、だいぶん切ってないよね、髪」
「………これはいいんだ」
 何気ない質問をサラリとかわす。

「俺は、いつまでも待ってるから」

 しゃくっ。

 しなやかに湿った髪が、また一つかたまりになって、足元へと落ちた。


[終]