「あ、この団子、とかいうのください。後これ……なに?みどりちゃ?」
「あ、はい、かしこまりました」
そういって、この店の看板だろう異国人の若い娘さんが引き上げてゆく。
いい天気の午後。
散歩ついでに寄ってみたら山の端の方にあった店。
気が付いたら、「お茶屋:ひろしげ」とか書かれた一見異国風の奇妙な露天の軒先に腰掛けていた。
ま、たまにはこうするのもいい。
深い息をついて、ぽかぽかする日差しを全身に浴びる。
「…………」
いかん………なんだか寝てしまいそうだ。
「お待たせしました〜」
低い男の声で我に返る。
ホントにうとうとしていたらしい。
時間もどれくらいたったのかイマイチつかめない。
「あ、はい」
「………あれ?」
「あ」
顔を見合わせて、知り合いの顔であることに気づく。
「なんだ、ヒロじゃん」
そういって、面白くなさそうに顔をゆがめる男。
「あ、いっちゃん」
ちょっとひげづらで、まとってる異国服がそのスリムな体型に異様に似合ってる。
私たちの間では、「いっちゃん」で話が通じる無職バイト仲間。
ここ半年はハカマダの店で従業員として働いていたはずだ。
「なんだ、お前こんなところでなにやってんだ」
「いっちゃんこそ、一週間くらい前までハカマダのところで住み込みで働いてたんじゃ」
「いやー、クビんなった」
そうあっさり言って、いっちゃんは笑う。
「だって、ハカマダの店って」
「いつまでもヒゲそらねえから、だってさ。相変わらず親方は厳しいよ、うん」
いっちゃんは私に串に刺さった丸いものと取っ手のないカップに入ったモノを差し出した。
「ほれ、注文の品。しっかし奇遇だなぁ」
「仕事人の心得、その五十四!」
「知り合いの客でも、笑顔は絶やさない」
「よろしい………ほら、油売ってないでとっとと行け」
「つれないなぁ……あ、この店屋台今日から隣国まで戻るらしいから、団子と緑茶を味わうなら今が最後だよ〜」
ちゃっかり宣伝して、いっちゃんは屋台まで戻っていった。
言われて視線を運ばれてきたものに戻す。
異国風、というか………この緑のホットドリンク……飲めるのか?
一度、ごくりと喉がなる。
………視線をずらそう。
隣の皿に乗った丸串焼きなら食べられそうだ。串焼きと同じ原理だろう、そのまま食えるに違いない。
とりあえず手にとって見る。
………。
………ぱく。
もむもむもむ。
口の中に奇妙な感触が広がる。甘いのは分かったが、この感触は面白い。いつぞや特別種のご飯を潰して練った「もち」とかいうのによく似ている。
………うん。
「いっちゃーん」
いきなり実名を呼ばれて、慌てふためいて屋台から顔を出すいっちゃん。
「お、おうっ?」
「これ、持ち帰り、できる?」
「茶は無理だけどな〜、団子は、ヘイキだぜ」
「………一つちょうだい」
「全部食ってから言えよ、お前」
「あ、へーい」
「今作ってもらうから、まってろ」
「へーい」
口をもむもむ言わせながら、私は自然と湯気の立つカップをすすった。
「ぶはっ」
思わずむせる。
………苦ッ、渋ッ。
「あ、そうだ……ってなにむせてんだお前」
屋台暖簾の向こう側から、いっちゃんがあきれた顔でこっちを見てる。
「や、やかましい!」
まさかこんな味だとは思ってもみなかった。
「通例、あんことみたらしがあるらしいんだが」
「二つとも知らんよ」
「あんこっていうのはなんだ……小豆を煮詰めて甘くした奴だ。それと、ちょっとあまからだれのことをみたらしというらしい」
「今食ったのは、なに?」
「よもぎ団子」
………とりあえず色々種類があるというのは分かった。
「んじゃ、今食ったのでいいや」
「そうか、んじゃま、ほれ」
そういって、背後から包みを取り出すいっちゃん。
「っていうか初めから出来てたんかい!」
「ふふーん。俺を出し抜こうなんてまだまだ甘いぜ」
出し抜こうなんて気ははなから全然なかったが、呆れている内に次の客が来てしまった。 それきり私はいっちゃんと話も交わさず、団子と茶を無理矢理飲み終えて(もう二度と飲まないと誓おう)、団子と共にとっとと店を出た。
無論、ちゃんと勘定は皿のそばにおいて。
「ただいまー」
家に帰ると、私の声を聞きつけたトモヒトが飛び掛らんばかりの勢いで玄関にやってきた。
「ねえっ、ヒロッ」
「………なに?」
「面白い店があったんで、面白いもの買ってきたよ!」
「へぇ、それはきぐ………」
………ん?
まさか………。
トモヒトにつれられて、テーブルへ行ってみると、私が下げているのと同じ包みが中央にぽつんと置いてあった。
間違いない。あの「ひろしげ」の包みだ。
「あれ〜?ヒロも行ったんだ、ひろしげ」
「トモヒトは、知ってたんだ、あそこ」
私はテーブルに、二つ並べると、落ち着くために一度席に着いた。
代わりに、台所へと消えるトモヒト。
「うん、いっちゃんいたでしょ?」
「いた。相変わらず先輩面だった」
「なんでも、あの団子屋さん継ぐらしいよ。あそこの娘さんと仲良くなったから、ちょっと隣の国行って一人前になってくるってさ」
「………それ、どこまでマジよ」
とりあえず全部冗談だと疑ってかかる。
「いや、全部ホント。今日発つって言ってたけど」
あのバカ先輩。
トモヒトには言っておいて、私には最後まで一言も口に出さなかった。
たぶん、ハカマダの店もクビになったんじゃなくて、きっちりけじめをつけたんだろう。
私は自分の方の包みを広げると、綺麗に深緑色に染まった団子を一つ取った。
「んじゃしばらくは、会えないんだ」
「そうなるね。はぁ……身を固めるのはいいことだけど、何も国を出なくてもいいと思うよねー」
「…………」
トモヒトの分なんだけど、無性に食べたくなって、口の中に放り込んだ。
………もむもむもむ。
さっき食べた、深くて甘い味が口の中に広がる。
さっきとは、なんだか違う味がした。
「………ふーん」
なんか、奥が深い。
こんなもんを、追究しに行ったのか。
……いいなぁと素直に思う反面、この暮らしが捨てられない私もどこかにいる。
トモヒトがいて、他に入居者のいない、このボロアパートに。
「さ、お茶が入ったよ〜」
そういってキッチンから引き返してきたトモヒトの手。
………飲まないと誓ったあの緑色の物体が入っていた。
以後、私はこの暮らしがなんとなく嫌になったときに、輸入食料品店から買い上げた緑茶を飲むようにしている。
この生活と、あの先輩を思い出すために。
[終]