「う〜」
トモヒトが、一度うなる。
その手にハリガネ。
目の前にドア。
そして私たちの傍らに麻のベージュをした小さな買い物袋が鎮座している。
別に日々の食料と日用品くらいなのでたいした大きさじゃない。
じゃんけんの末、トモヒトが持つことになったものだ。
「ダメそう?」
私は、頭を掻くトモヒトに投げかける。
「ん〜………わかんね」
そういって、無造作にハリガネを鍵穴に突っ込む。
がちゃ………がちゃ、がちゃがちゃがちゃん。
「…………」
「………どした?」
「あれ?」
トモヒトがフシギそうな声を上げる。
なんだってんだ。
三十分もこうしてるんだから、さすがにイライラもしてきた。
お腹空いてんだから、はやいとこ入ろうよ。
「とれなくなっちゃった」
イライラに拍車を掛けられる。
ますます家までの道のりが遠くなった。
実際にはこの扉一枚隔てたその向こう側なんだけど。
「はぁぁ…………」
一応ため息をついてみる。
「ハァァ…………」
隣で違う種類のため息が聞こえる。
というか、ため息じゃない。
気合だ。
「おりゃあああああああっ!」
パキン。
トモヒトが指でつまんでいたハリガネが、見事に根元で折れた。
「あ」
「あ、じゃないっ!」
思わず叫んでしまった。
私の剣幕にトモヒトが思わず肩をすくめる。
「どうすんだ、唯一の希望が!」
「だって、元はといえばカギ無くしたの、ヒロじゃないか〜」
うっ。
鍵の管理は私の役目だ。トモヒトが持ってると、すぐになくすから。
その私がなくしたんだから、何かいえる立場じゃない。
「僕がハリガネ持ってなかったら、どっちにしても終わってたんだよ〜」
「そういえば、なんで針金なんて持ってるの?」
「…………あれ、覚えてないの?」
意外そうに、トモヒトが私を見る。
「いや?」
「そ。これ、ヒロにもらったんだよ」
「俺に?」
「前にカギなくした時に、これがあれば入れるだろって。後はお前の技量しだいとか何とか言って」
…………ひどい相棒もいたものだ。
そういうと、トモヒトは座り込む私の前にポケットの中身を出し始めた。
むしめがね、牛乳瓶のフタ、果てはよく分からないおもちゃのおまけ(?)までが出土し始めた。
「トモヒト」
「あん?」
「お前はどこのガキだ」
「え?だって、ヒロだってこの前持ってたじゃん」
確かに、ビー球くらいなら何個か持ってるけど、だからって常にポケットに携帯したりはしない。
「でっかいぬいぐるみ」
「……あれは店で見てただけだろ」
あんなものを買うだけの余裕は無い。
ったく、貧乏はいやだ。
「まったく、いい歳してぬいぐるみなんて」
「トモヒトに言われたくないよ………んで、次は何が出てくるの?」
ため息を一つついて、次を促す。
どうせ家には入れないんだから、どこで対策の時間を練ろうが一緒だ。
「さて、次は〜………」
乗ってきたトモヒトが、棒の様な物を取り出した。
『あれ?』
二人の声がハモッた。
見覚えがある、これって………。
「家のカギ?」
「だよねぇ」
二人して、顔を見合わせる。
「どうして?」
「さあ………あ、むかーしもらった方じゃない?ほら、二つあるからってボクが片方もらった方」
その直後、トモヒトの鍵がなくなったわけだが。
「……その一つか」
しげしげと、そのもち手がぼろくなった家の鍵を見る。
「でもこれで家に入れ、る………あ」
私がドアノブを指差した瞬間、トモヒトの顔がこわばった。
ドアノブの差込口には根元にはちょこっとだけハリガネが突き出ていた。
「…………タイミング悪」
トモヒトが額を押さえた。
「確かに」
苦笑いで私がそれに続く。
「どうする?」
「……抜いてみようか」
ポケットの中に足元のぶつを叩き込みながら、トモヒト。
「さらに時間かかりそう」
雨だったら寒すぎて喧嘩どころじゃすまなかったところだ。
「いいよ、どうせまだ暖かいし。ヒロさえよければ気長に行こうよ」
春の陽気、とはいかないまでも、確かに今日は暖かい。
予期せずひなたぼっこ、か。
「分かった。あくまで粘れ」
「よしきた」
張り切ってハリガネを大きな手でつまもうとする奮闘振りを横目に私は陽の差し込む扉の隣に背を預けた。
………たまには、こんな無駄な一日。
[終]