Carefree 第1話 「あめとねこ」



「ねぇ」
「却下」
 私は、相棒のトモヒトを見るなりそういった。
 窓の外は勢いを無くした小降りの雨が続いている。
 彼の腕の中には、猫が一匹。

 それですべての状況は把握できる。

「え〜」
 ぶーたれた声で、トモヒトが私に口を尖らせた。
 身長が私よりも高いので視線では圧倒されるけど、やることが子供のそれじゃ私も負けるわけにはいかない。
「はやく、元のとこ」
「却下!」
 今度はトモヒトが私の言葉をさえぎった。
 目には強い光。
 こいつを叩きのめすのには時間がかかりそうだ。

 視線を移す。

 拾われてきた猫は寒そうにトモヒトの腕の中で震えている。
 うわ………こっちをそんな目で見るな。
 かわいそうになるだろ。

 あわてて視線をそらすと、トモヒトの泣きそうな声が背中に突き刺さった。
「ねぇ、ヒロ」
「ダメったらだめだって。その前にこの家、動物禁止だろ」
「人間だって動物だよ!」
「それじゃこの家誰も住めないだろ。ペットっていう意味だよ」
「家族にすればいいよ!」
「意味合い的な問題じゃないって」
「屁理屈ばっかり言ってないで捨てて来い!」
「それは俺の台詞だ!」
「大家さんは僕だけで説得するからさ〜、ね〜ぇ〜!」

「……………」
 頭の中にあの頑固ジジイの顔が浮かぶ。
 おんぼろアパートとはいえ、認可してくれるとは到底思えない。

「………………」

「どうせこのアパート、僕らしか住んでないし頼めば何とかなるよ」

 黙りこんでいる私に、トモヒトが寂しい追い討ちをかける。
 とりあえず大家に認可を取れるように話をすりかえて、この場を凌ぐつもりだ。

「………でも、飼ったら飼ったでどうするんだ?」
「なにが?」
「お金、ないぞ」
「…………がんばって働くよ」
「いや、これ以上働いたら絶対に倒れる」
「貧乏って、やだね」
 トモヒトがさらりと感慨深げなことをいう。
 実際、最近は家計がほとんどその日暮らしでまかなわれている。なけなしの貯蓄には手をつけていないのが幸いだが、このままだとそれも危うい。
「で、その火の車の家計にさらに油を注ごうとしてることに気づいているのか、お前は」
「ッ!」
「墓穴掘ったな」
「ヒロ〜」
 トモヒトがまた泣きそうな顔になる。
「………どうにもならないだろ」
「うん」
「返して来い」
「やだ」
 こいつは…………。

 ちょっと力を入れられて、猫が弱弱しくか細い悲鳴を上げた。

「あっ、ごめん」
 痛いかどうかわからなかったが、トモヒトが力を緩めた。

「………ラチがあかないな」
 頭をかいて、私。
「早く折れてよ」
「それは俺の台詞だ」
「…………どうしてもダメ?」
「さっきの二つの課題がどうにかなるならな」
 ため息混じりに、俺が言う。
「意地悪だなぁ」
「現実を見ろ。現実を」
「ったく、融通の利かない大人はいやだよなぁ〜?」
「猫に話しかけるな」

 話の本題をそらそうとするのはトモヒトの常套手段だ。

「ったく。んじゃ、こうするか」
 めんどくさくなってきたので、私はコインを取り出した。
「お前の言った方で、なおかつジイさんの許可が下りたら、メドが立つまで酒やめるのを条件に飼ってやる」
「え〜」
「飼うならそれだけの犠牲を持て」
「ぶ〜ぶ〜」
「違ったら、諦めて返して来い」
「え〜」
「ブーイングだけなら誰にでもできる」
 私は少々いらだちながら、コインを親指で弾き飛ばして、落ちてきたコインを手の甲に載せてすばやくもう片方を伏せた。
「…………さ、どっちだ?」
「え、えと…………表」
 頼りなさげに、トモヒトが顔を険しくする。
 力が入ったのか、腕の中の猫が苦しそうな声をあげる。

 私は、コインを伏せた手をそっとはずした。

    −−−

「許可、下りたよ〜」
 ドアを蹴破りそうな音を立てて、トモヒトがはしゃいだ声を上げる。
 そして、私の足元に擦り寄ってくる謎の影。
 といっても、目的は私じゃない。
 私の持ってる牛乳だ。

 なんとなくそんな感じがして、準備をしていたのだ。
「ほら、入居祝いだ。味わって飲め」
 いつだったか、どこかからもらってきた植木鉢の水受け皿を猫の鼻先に置く。
 猫は一度警戒したように一度鼻を突きつけると、その後貪るようにして水受け皿の牛乳を舐め干してゆく。
 その光景をほほえましく見ながら、背中を撫でるトモヒト。
「よかったな〜、お前も今日から家族だぞ〜」
 家族かどうかは別だが、一応同じ屋根の下だ。
「んで、こいつどこで拾ったんだ?」
「あ、そうそう。聞いてよ。それがさ」
 許可がもらえてうれしそうにトモヒトがしゃべりだす。
「雨が降ってきたから公園で雨宿りしてたら、偶然僕と同じ場所に滑り込んできたんだよ。なんていうか、運命を感じるよね〜♪」

 …………ん?

「ちょっと待て」
「ん?」
 気持ち悪いくらいにうれしそうな顔のまま、トモヒトがこっちを向いた。
 対照的に、俺は視線をずらす。
「こいつは」
「いい子だよね」
「違う」
 そうじゃない。
「お前、こいつ、拾ってきたって」
「うん、公園で」

 それって…………。

「こいつ、野良猫じゃないか」
「うん、そだよ」
 間抜けな声を上げるトモヒト。
「俺はてっきり………」
 言いかけた言葉を、猫の元気な声がふさいだ。
「あ」
 トモヒトが何かを言う前に、猫は元気よく玄関に駆けてゆく。
 完全に閉じていなかった玄関をすり抜けて、猫は雨上がりの午後の空のほうへと駆け出してゆく。
 しばらくして、その姿が見えなくなった。

「…………いっちゃったぞ」
「うん、いっちゃった」

 目を丸くして、トモヒトはいった方向を見たまま呆然と呟いた。

「晴れたから、出てっちゃったんだ」

 しばらくして、窓の外から午後の日差しが差し込んだのを見てトモヒトはうれしそうに呟いた。


[終]