−1−
聞きなれたチャイムの音が、はるか頭上で鳴り響いている。
白くぼんやりとした視界の中央に点在する、無数の星。
…………否。
見覚えのある景色。
これは、保健室の天井だ。
けだるい体をそのまま横に落とすと、答えが出る。
大正解。
真っ白な布で覆われたカーテンが視界いっぱい。
「またか………」
ぼんやりとした頭のまま、溜息。
いや、まぁ、貧血で倒れるなんてコト、いくら弱いからってざらにあるわけじゃないけど。
それでも、私は学年末テスト最終日にぶっ倒れたらしかった。
カーテンの外、そのまたさらに保健室の外では休み時間とは思えない喧騒と足音の束。
たぶん、さっき鳴ったのはホームルームとかの終わりの合図だったんだろう。
私はシーツのように薄い掛け布団をかぶるように寝返りを打って、どこで倒れたのかを思い出してみる。
………教室をでて、まっすぐに図書館に向かって………。
ああ。
借りてた資料を返した後、本棚に返そうと思ってショートカットした科学の閲覧書籍のところで、私は思いっきり背中から倒れたんだった。
でも、普段の貧血なら崩れ落ちるくらいで、意識が途切れるなんていうことはまるでなかった。
よっぽど疲れていたということか。
「はぁ………」
われながら情けないと思った溜息が、意外なところで返事を拾った。
「おろ?」
首をかしげているような、そんな声。
直後にパタパタと近くで足音がした後、ためらいもなくカーテンが引かれた。
まだ高い日差しがベッドに差し込んで、人影が覗いた。
「おーい、きょーこちゃーん?」
こそこそ話でもされるような声だけど、確かに聞こえる。
ちゃん付けで気安くされるような覚えはないんだけど、黙って背中を向け続ける。
「きょーこちゃん。起きてんなら遊んでよう。今、まり姉いなくて寂しいんだよ」
まり姉とういのは保健の坂巻先生だ。貧血で私が倒れるたびにここへ運ばれるので、迷惑かけっぱなしで頭が上がらない人の一人だ。
そして、寝たふりを続ける私の背後でなんか含み笑いを始めたこいつは………。
「……………」
「おーい、早く起きないと、ベッド水浸しにしちゃうぞー」
…………水浸し?
「なっ」
なにしてんだと言おうと思って振り向いた瞬間。
頬にいやーな感触が突き刺さった。
「………」
そして無言のままうれしそうに微笑むその男。
「………ふぃらはらっ!」
「あははははッ!やーいッ、ひっかかったー」
まるでガキみたいにはしゃぎながら、その男………平原俊哉が笑う。
平原 俊哉。
私よりも二周りもでかい体格の癖に、やることは子供のそれ。いつも保健室に入り浸っていて、あんまり友達もいない。でもどこか悪いとかそういうこともなくて、授業にはちゃんと出てるし、成績も優秀らしい。
まぁ、保健室に運ばれてくる私ともなじみが深いというのも当然のこと。
「この……バカッ!」
投げつけた枕を抱え込むようにしてキャッチ。そういえばコイツ、運動神経もよかったんだ。
「ま、そんだけ怒る気力があるなら、ひとまずヘイキかね。ま、少し大人しくしてたほうがいいんでない?血圧あがると、また倒れるよ」
「それをむしろ推奨してる節があるのはなぜよ?」
「あー、まー、気にしなーい」
私がベッドから出ると、平原はそばにあったキャスター付きの丸椅子を滑らせてこちらに寄越した。
「ありがと」
「どーいたしまして。さて、まり姉が来るまで、優雅なひと時を過ごしましょうかね、と」
カチカチとボールペンを鳴らしながら、足を組んだ平原がエラそうにはじめる。
「学年と名前をどうぞ」
「二年四組十七番。嶋村恭子」
「ついでにスリーサイズもどうぞ」
「死にたいならいつでもどうぞ」
「………症状」
「貧血」
「患部」
「体」
「処置」
「寝てた」
「利用時間」
「え〜………と。放課後、になるのかな、これは」
「保健室への感想」
「もうちょっと掛け布団を厚くして。寒い」
淡々とした質問になれた答えをよどまずに返してゆく。
さらりさらり動かしていたペンを止めて、平原はふと私を見た。
「………」
「な………なに?」
「一応、生徒手帳提示して。規則だし、一応」
「やけに細かいところ几帳面なんだね」
「失礼な」
でもまぁ、保健室常連ではかなり顔パスになってしまった行事だ。
実際私も言われるまで忘れてたし。
「ちょっと………まってー……ね、っと」
私は傍らにあったかばんのポケットを漁る。
「あれ?」
「どったの?」
平原が片方の眉だけあげて、妙な顔で私を見た。
「………ない」
「生徒手帳?」
私は無言で頷いた。
「いつもならここに入ってるはずなんだけどなぁ………」
別のところを探しながら、ひとりごとのようにつぶやく。
「………どこかつかったっていう心当たりは?」
「ないよ。だって、学校生活で使うような場所、ある?」
「緊急対策費を隠したりとか。500円玉」
「それ本来の目的じゃない」
「あー、そっか。保健室の利用提示?」
「使用頻度そんなに高くないでしょ、普通の人は」
「んじゃ、ないね」
バインダーに必要事項を書き終えて、平原が席を立つ。
「茶、飲むけど。いる?」
「あ、うん」
ほぼ即答しながら、私はいよいよかばんをひっくり返す勢いで生徒手帳を探し始めた。さっき言ったとおり別になくたって学校生活に支障が出るかといわれればそうでもないが、なければないで気になる。
「あれー?ほんとにないや」
「ポケットの中とかは?」
一応漁ってみるが、当然なかった。
「ない」
「家にあったりとかしないの?」
「う〜ん、可能性がないとはいわないけど、家ならもっと使わないからカバンから出さないよ、きっと」
「そっか」
他人事に決まりきった相槌を打ちながら、平原は二つの湯飲みに器用にお茶を注いでゆく。この保健室生活も長いから、お手の物だ。
「はい」
「ありがと」
湯飲みを受け取って、両手を暖めるように包み込む。入れたてだから少し熱くてすぐに離してしまったけれど、やっぱりなにかものがあると落ち着く。
「ま、ってことはだ。どっかに落としたと考えるのが妥当だね」
ずずず…………。
茶をすすりながら平原は無責任に天井を見上げた。っていうか、まぁ平原に責任はないんだけど。
「落とした………かぁ……そうすると、どこで落としたんだろ」
ここ数日の記憶をよみがえらせてみても、カバンから生徒手帳を取り出したとかそういうことはなかったと思う。
っていうことは、どこかしらないうちになにかの弾みで落ちてしまったということだ。
どのみちそれじゃ、特定のしようがない。
「盗まれたとか、そういう線はないの?恨み買ってるとか」
「っていうか、盗んだ私の生徒手帳、どうするの」
「うーん………なにするんだろう」
平原は無責任にまた右の眉を軽く上げて首をひねって見せた。
「そんなのは私が聞きたいよ」
ちょっと溜息混じりに俯く。
確かにぜんぜんまったくこちらの落ち度だけど、そんな適当に話題振っといてフォローなしって言うのもきついものがある。
「まぁ、そう気を落とすなよ、きょーこちゃん。生徒手帳なんて、春休み終わったらまた新しいのがいやでも支給されるんだから」
………いまさらかい。
「んでま、話題変わるけどさ」
こっちの気持ちすら無視して、やつは明るく切り出す。
「なに?」
「これ、なーんだ?」
そういって胸ポケットから差し出した四角いもの………
「ってそれ、私の生徒手帳じゃんッ!」
「ご名答。表紙だけ見てよくわかったね」
このやろう、話題を変えるんじゃなかったのか。
私が生徒手帳を凝視していると、たぶん、その顔が怒っていたんだろう。平原が突如吹き出した。
「きょーこちゃん、顔が怒ってるよ」
「当たり前だ!」
また血圧があがりそうになって、私は座りながら立ちくらむ。
顔をしかめて、どうにか机に突っ伏す形で我に返る。
「あ、大丈夫?」
「誰のせいだ、誰の」
やっぱり、そうとう疲れがたまっているんだろう。
「返しなさい」
「ダーメ。先生来るまで少し遊んでよ。そしたら返してあげる」
「あんたね……そんな泥棒みたいな真似してまで私と遊びたいわけ?」
「してないよ。いくらなんでも、きょうこちゃん相手にそんなことするわけないだろ?それだけは信じて。確かだから」
ちょっと寂しそうな目で、平原は手帳を元あった制服の胸ポケットに押し込んだ。
「じゃ、それ………」
「拾ったのを届けてもらったんだ。まり姉がさっき持ってきたんだよ」
「あ、それで」
「そういうこと」
それだけ短く言って、平原はまた笑った。
どうしてこう、この歳になっても屈託なくわらっていられるのかが不思議でならない。
コイツには、なんか悩みとかないんだろうか?
「………きょーこちゃん」
「はい?」
急にまじめな顔になる平原。
「これから話すことは、ちょっと長くなるんだ」
「………急に何よ」
「生徒手帳についてだよ。どこにあったか、気にならない?」
「そりゃあ、まぁ……」
私が渋ったような返事を肯定と受け取ったのか、平原が言葉をつなぐ。
「ということで、ちょっと時間がかかるんだ」
「………」
「お茶請け、ようかんとおまんじゅう、どっちがいい?」
「は?」
「いや、だからお茶請け」
「………んなことまじめな顔して聞くなッ!」
あーもう、またたちくらみしてきた!
−2−
「んで………?」
お茶請けとして出されたようかんを一つまみしてから、私はそう切り出した。
「え?」
すっとんきょうな声を上げてそれに応じる目の前の男。
どうやら目の前のようかんが気になって仕方ないみたいだ。
「え、じゃなくて。その生徒手帳の話と、遊びの話」
「ああ……」
どこか抑揚のない声で、平原が切り返す。
「なんか、どうでもよさそうだね」
「まぁ………どうでもいいっちゃどうでもいいんだけど」
ようかんをもむもむと食べながら、すこぶる幸せそうな平原。甘いもの大好きなんだ、きっと。
「なら一刻も早く返してよ」
「やーだぴょーん。せっかく恭子ちゃんが付き合ってくれるって言うんだから。ネタもあることだしさ。暇つぶしにご協力くださいな」
………はぁ。
なんか、疲れる。
「わかった」
「よかった」
平原は笑顔のままひとつ言葉を区切った後、咳払い。
「それじゃ、始めよう。今日は恭子ちゃん貧血だから、怒らせても悪いので」
「さっき散々頭にくること言われた様な気がするけど」
「………まぁ、その辺のところは、おいといて。ちょっとした謎を解いてもらいたいんだ」
憮然としない私に平原は机の上で手を組んで応じる。
「………謎?」
「そう。実はね、この生徒手帳、図書室にあったんだってさ」
「え?」
「まり姉の話だと、図書室で身元を確認するために使ったんだって。でも、返しそびれちゃって、保健室に届ける前にまり姉に会ったから、そこで渡したみたい」
「……そうなんだ」
「恭子ちゃんが図書室で倒れたとき、図書室にはテスト明けで久しぶりに図書委員の当番さんが詰めてたんだって。どうやら、その一人が恭子ちゃんを見つけてくれたみたいなんだ」
「あ、そうそう。その時図書室にいたのは当番と君を含めた四人だけ。委員の控え室にいた一年三組の春日信二くん、別のところに入ってた本を直す作業をしてた二年四組の山岸良子ちゃん、カウンターにいた三年一組の市原奈津子ちゃんの三人。司書の粕原先生はまり姉と職員室でだべってたからアリバイが」
「アリバイ?」
「ああ。うん。とりあえず、図書室にいたのは四人だけってことが重要かな。それ以外に出入りした人はいない」
「………うん」
「さて、問題。恭子ちゃんが倒れているのを一番最初に見つけた人はだぁれ?」
「は?」
私はあまりの話の展開に目を白黒させた。
謎って言うからなんかこう、もっと身近じゃない話題かと思ったら。
平原はこっちをみて面白そうにしてるし。
「ちょ、ちょっとまってよ。ヒントが何もないじゃない」
「ヒント?今、言ったじゃん。犯人これで三人に絞られたんだよ?」
確かにヒントといわれればそうなんだけど、ただ見つけてくれた恩人を犯人扱いするのはどうだろう。
「そうじゃなくて、特定する要素がぜんっぜんないじゃん」
「そう?今までの話で確実に一人外れるんだけどなぁ……おかしいなぁ」
視線が私ではなく、ようかんに注がれる。小器用に薄くフォークで一切れ切ってから口に運ぶ。
………顔がすごい幸せそう。
「一人じゃ特定しきれないじゃんよ」
「ん?ほお?………だって、一人外れれば自動的にもう一人も外れてくれるじゃない」
平然とした顔で、平原。
「ちなみに僕だってちゃーんと道筋立てて、裏づけとって問題出してるんだから。間違いないよ」
「裏づけまでやったの?」
「うん。ちょっと前に図書室行って正解聞いてきた」
さらりといってお茶をすする。
………この暇人め。
言ってやろうかと思ったけどやめた。
「自分のやったことを思い返してみれば、分かると思うよ」
そういわれてもなぁ………。
単純に考えれば、書架にいて作業してた山岸さんが私を見つける可能性が一番高い。
ただ、ウチの図書室、二階層ぶち抜きになっていて結構広いから、運がよくなければだいぶかかると思う。特に、科学カテゴリの書籍なんて誰も借りないと思うし。
「ふふーん。分かったかな〜?」
意地悪な笑みを浮かべるあんちくしょう。
「急に言われてもわからないよ」
「そっか。ま、まり姉が来るまで時間はあることだし、ゆっくり考えて。別に間違えても死ぬようなことないから」
「この程度で殺されたらそれはそれでたまんないよ」
「…………ヒント、あげようか?」
「いらない」
欲しいけど、こうなったら意地だ。
私はテスト明けの頭を再びフル回転させる。
そうだ。こうなったら意地だ。
私は少しずつ思考の中に、自らを埋没させていった。
−3−
私がいろいろと思考をめぐらせてる間、平原は私の前で変な顔をしたり踊ったりと奇行の数々を繰り広げていたけど、私はそれを無視して思考モードへシフトしていた。
それからしばらく経って、平原も諦めてお茶とようかんで時間をつぶし終わった頃。
突如、保健室の扉が開いて、私は我に返った。
「あ」
「………」
何気なく視線を泳がせる。
白衣を翻した、私よりも背の低い「お姉さん」が突っ立っていた。
坂巻麻里。この学校の保険医であり、保健室に入り浸る問題児、平原の保護者みたいなもの。現に私も幾度となくお世話になっている。
「まり姉、帰ってきたんだね」
平然とした顔で、平原。
「おい、キサマ。それじゃまるで私が帰ってこないほうがいいみたいじゃないか」
顔をしかめて平原に軽く悪態をついた後、今度は私のほうに向き直る。
「おうおう。良くなったか。また倒れたって聞いて心配はしていたんだがね、この前職員会議サボったのがばれて、今度は国語の松山を迎えによこしやがったんでいかざるを得なくなったのさ。あの校長の野郎」
今ここにいない校長を思い浮かべて、まり姉は憎々しげな顔を浮かべる。
ころころ顔が変わるのは、まこと平原に似ている。
また、ぱっとこちらにむいた表情が変わった。
「ときに、平原俊哉君」
「ぎく」
平原が目を逸らした。
そんなリアクションに意地悪な笑みを浮かべて、まり姉は彼の肩に手を置いた。
「君はなーに、人の根城にある食料を漁って食べているのかね。しかもとっておきのようかんを………よほど殺されたいらしいね」
まり姉のメガネが、きらりと光った。
「い、いやだなぁ……まり姉の物は僕のものじゃない……っていでででで」
苦笑いの平原の頬を、まり姉がつまみ上げた。
「そんなひどいことを言う口はこれかい?あーあ、情けないもんだヨ。私はこんな子に育てた覚えはないんだけどねぇ」
そのままぎゅむぎゅむ引っ張ったあと、
「で、平原俊哉君。ここまできたら、やることは一つだろう?」
妖艶っていうか、ただ怪しい笑みが平原の背筋を凍らせる。
「は……ただいまお姉さまの分を準備いたします」
引っ張られた頬をさすりながら、急須をもって平原がシンクのほうへ消えてゆく。
あの平原が………。
「………シマー? 大丈夫?」
わけのわからないうちにつけられていたあだ名を呼ばれて、再び我に返る。
「あの………シマーって」
「気に入らない? んじゃ、平原みたいにきょーこちゃんって呼ぶよ?」
「………シマーでいいです」
うれしそうに、まり姉がうなずいた。
「よし。ところで、大丈夫だった?あのケダモノに何かされなかった?」
「まり姉!」
平原がすごい形相でこちらをにらんでいた。
「いやぁ、心配だったのよ。まさかあの平原がねぇ………」
「まり姉さまッ!」
もう一度強い言葉がシンクから返ってきて、まり姉が顔つきを真顔に戻した。
「アンタ、まだ………」
「その話は後で。今、ちょっときょーこちゃんに聞かなきゃいけないことがあるんだから」
お茶と綺麗に切られたようかんをまり姉の前において、平原は私を見た。
だいぶまり姉の登場でキャラクターが変わってしまっていて、私をおちょくっていた頃の元気はないようだった。
「………とりあえず、まり姉が来たんでタイムアップってことで」
「あ、ああ。あの話………」
『なに?なになに?ナンノ話?ねえねえねえ、教えて教えて?』
平原は横から突き刺さる視線をものともせず、一度切り出した。
「答えを聞かせてくれ。とりあえず、分かったことだけでいいから」
「あ、うん……」
目をキラキラさせてフォローを待っているまり姉には悪いんだけど……。
私は一度息を大きく吸い込むと、平原をにらみつけた。
「犯人は、正直言ってわからなかった。でも、一人だけ除外できた人がいるってことは、分かった」
「へぇ?」
そういって歪んだいつもの平原の笑いと明らかに違う。
楽しそうに、なにか含みを持たせた、「不敵」な笑い。
「平原、確か言ってた。身分証明のために生徒手帳を見た、って」
「うん。言ったよ」
「山岸さん、あんまし知らないけど同じクラスだから。友達って感じじゃなくても、顔くらいは覚えてると思うんだ。だから、平原の言ってることが全部本当なら、山岸さんだけは外れる。分かったのは、それくらい」
「………なるほど」
一度大きく息をついて、平原は一度大きく伸びをした。
「うん。あってる。正解」
いつもの顔だ。いつもの顔で、笑ってる。
ちょっとだけ、ほっとした。
「………なんだ、いつもの奴か。びっくりさせんなよ」
隣にいたまり姉がちょっとだけ残念そうな顔でお茶をすすった。
「ごめん。だって、まり姉が来るといつも患者さんからかうから、無視せざるを得なくて」
「失礼な。言ってくれれば黙るって」
「あの……?」
再び二人の口論になりつつあったので、一応フォローも入れて口を挟んでみる。
「あ、ああ。シマーはこういうの、初めてだっけ?」
「何がですか?」
「コイツの『なぞなぞ』」
「なぞなぞ言うな」
「コイツね、なーんかこういうの得意なのよ。なんか、屁理屈で強引な推理パズル……考えるっていうのか………付き合わされる私の身にもなって欲しいわ、ホント」
思い出したように、まり姉が溜息をついた。
「……悪かったな。暇だったんだから、仕方ないじゃないか」
平原はむくれてそっぽを向く。
「でも、いいんじゃないの?そういう特技みたいなのあって」
「ホント!?そう思うッ?」
いきなり顔が晴れやかになったかと思ったら、私はいつのまにか手をとられていた。
「おいおいおい、いきなりシマーに迫るな、驚いてるだろ」
マジで驚いた………。
「うん。ありがとう、元気でた」
「安いなぁ」
「いやいや。守るものさえあれば男は強くなれるんだよ」
わけわかんないよ、平原。
「と……さて、謎解きの続きしようか?残り」
「あ、うん。ぜひ」
「うん。では、っていってももう半分解けてるんだけど………
さっきもう一人、同じ手順で外れてくれる人がいるっていったよね?
ポイントは、「倒れた時に既に恭子ちゃんの名前を知っていた」ってこと。
実は、奈津美ちゃんも外れるんだよ、これ適用すると」
「なんで?」
「資料を返したんでしょ?でっかい図書館なら、カウンターで返すだけで後は司書さんとかやってくれるけど、ウチの学校は違う。わざわざ自分で返しに行かなきゃ行けない。ということは、その手続きをするために、恭子ちゃんはカウンターにいた受付の係の奈津美ちゃんに、名前を言ってるってことになるだろ?」
「あ………」
「しかも、その後大量に人が来て忘れてしまうならともかく、図書室の中にはその後、京子ちゃんを含めて四人しかいなかった。よほどのことがなければ忘れるようなことはない。ま、これで消去法すると……」
「残るのは、一年の子」
「そ。春日くんってこと。後で聞いて分かったんだけど、彼、実は恭子ちゃんが死んでるものだと思い込んでて、慌てふためいてカウンターにかけこんだんだってさ」
「えーっ、ひっどい!」
まだ見ぬ一年生に憎悪を燃やしてみよう。
「だって、自分じゃ気づかないだろうけど、ホントに死んでるように見えるんだって。しかも意識なかったみたいだったから、なおのことだよ」
平原はそこで一つ区切るように手を叩いた。
「これで、恭子ちゃんにだした問題は、おしまい」
「……まぁ、大体の筋は分かった」
横で、最後のようかんを口に放り込んで、ぽつりとまり姉が呟いた。
「ま、これで暇つぶしも終了か」
平原は胸ポケットから私の生徒手帳を取り出すと、私に差し出した。
「はい。ありがとう」
「なんで平原がありがとうなのよ」
「暇つぶしにご協力感謝」
そういって笑ったいつもの平原は、なんだか少し寂しそうだった。
−4−
あの後、保健室から出た私たちは、方向が同じという理由で同じ帰途を歩いていた。
不思議と平原なら彼氏と間違えられるような存在ではないという頭があったので、特に気兼ねなかった。
それに、私はどうしても確かめたいことがあった。
「平原」
いつもの踏切を越えた辺りで、私は一歩先を先行していた背中に声をかけた。
振り向いた顔は、「いつも」の笑顔。
「なに?」
「………まだ、終わってないでしょ。あの保健室で出した問題」
「………は?」
意外そうに、平原が返してきた。
「あの後、全部聞いた後でおかしいことに気づいたの」
「なんの?」
歩道のでっぱった縁石でバランスをとりながら、平原がこちらを興味深げに見る。
「平原、単刀直入に聞くね」
「うん」
「なんで『私が見つかった時に、図書室にいた』の?」
「は?」
「だって、おかしいよ。平原、全部筋道立てて、それで推理したって言ってた」
「………確かに、したよ?」
「推論じゃどうにもならないことが一つあるの。『資料を返した』ってなんで分かったの」
「…………」
「図書室にいた、って事しか分からなかったはずでしょ?何か本を借りに行ったのかも知れないじゃん。返したっていう前提がなければ、三年の人は除外できない。私が借りにいくなら、「借りに行く前に倒れた」っていうことになるから」
「………ご明察。意外だった。そこを突かれたか」
溜息混じりに、平原が落胆するのが分かる。
「それは、ホントに偶然。テスト終わったし本でも読もうかと思って図書室に行った。そこでちょうどばったり、カウンターに駆け込んでくる春日君を見たってこと」
「おまけに保健室に私をしょっていったのも平原でしょ、どうせ」
「一つ付け加えておくと、お姫さまだっこだだったけどね」
…………。
「………平原」
「じゃ、ぼくこっちだから」
交差点の向こう側へ、いやっほーとかワケの分からない奇声を上げながら平原が遠ざかってゆく。
振り上げた手の、行く先のないまま………。
私は、西日のかかる交差点で静かに逆転負けを悟ったのだった。
[終]