Winter White



「ありがとうございましたー」
 明るい声とは裏腹、背中に突き刺さる十二月二十四日のコンビニ店員の視線はそれとない憎しみに満ちていて気持ちいい。
 自動ドアが閉まり、視線はクリスマスソングと共に結露の向こう側に消えた。
「さっむーい」
 傍らに居た篠が、開口一番、震えながらマフラーをしめなおした。
「そりゃ、冬だしな」
 俺も、寒さに耐えるように上着の襟を一度寄せた。
「まあ、でも風がないだけマシ……かな?」
「なくても、十分寒いけどな」
「これだけ寒いのに、雪は結局降らないみたいだし」
 両手で口をつつんで、一度息を吐く。『この冬一番の寒さ』に、漏れ出した息が白く、冬の大気に溶けた。
「そういや、言ってたな」
 天気予報では確か昼前に雪が降ると言っていたのに、見上げる空はどんよりとした厚い雲が立ち込めているだけだった。寒冬の色をそのまま移したかのような鈍い乳白色は、その複雑な濁りの度合いを徐々に白から闇へと変え始めていた。
 目の前に広がる聖夜の喧騒を物ともせず、堅牢な雲の壁は頑なに空を映さない。
「あーあ、ちょっと楽しみにしてたのにな。雪」
「お前は小学生か」
「だって、雪って降るとなんかわくわくしない?」
「それは関東圏だけ。雪国はみんな苦労してる」
 タバコを吸おうとして、ライターを部屋に置いてきたことに気づく。諦めて、くわえていたタバコをハコに戻した。
「あれ、雪国出身だっけ?」
「そ。小さい頃から見慣れてるから、今更特別感動はしないな」
「ふーん………なんかそれってちょっと寂しいね」
 篠はぽつりと言ってから、同意を求めるように俺のほうを見た。
「なんで?」
「だって、わくわくできないじゃん」
「そりゃそうだが………」
 なにか問題が摩り替わっているような気がしないでもないが、俺はあえて別の話題を振った。再三聞いたのだが、何か腑に落ちずに心の隅に残っていた問題だった。
「そういや、篠」
「ん?」
「ホントに良かったのか?」
「………うん。ちょっと今、後悔してるとこ」
 持っていたビニール袋の中を覗きこみながら、篠はぼそぼそと言った。さっき買ったものを一つずつ確認するようにしていると、段々集中がそちらに向かって、俺と篠の間が少しだけ開いた。
「うん、やっぱりビール飲むなら、大きいのはコンソメが良かったかな」
「ちょっと待て、何の話だ」
「え、ポテチの話じゃないの?」
「違うわバカタレ」
 そう言えば、さっきのコンビニで散々悩んでた。うすしおかコンソメか。くだらないんでどっちも買ってやると言ったら、ビックサイズどっちにするかで悩みはじめたが。
「ん、じゃ………なに?」
 視線をあちこちに巡らせながら、本気で分かっていなさそうな篠はこっちに尋ね返した。
「なんか、ひっかかるようなことしてたっけ?」
「………」
 待っても無駄らしい。
 必死に思い当たる節を訪ねながら、時々ちらちらとこっちを伺う仕草が小動物に似ている………とは口が裂けてもいえず、溜息一つで篠の不安を煽ってから、俺は自分の不安を口にした。
「せっかくのクリスマスだって言うのに、『どこにも行かない』なんて言いだすからさ」
「ああ」
 答えがわかって安心したのか、篠は納得したような顔をした後、突然何か閃いたように俺を見た。
「もしかしてどっか、行きたかった?」
「ハズレ」
「だよね。人ゴミあんま好きじゃないもんね」
「分かってるなら言わせるなよ……」
「だって、『どこにも行かない』って言った私みたいに、心変わりがあるかもしれないじゃない?」
「………」
 ちょっとやり込められたような気持ちの俺を察したのか、得意げな顔で篠は続けた。
「『急にそんなこと言い出すなんて、なんかちょっと心配』……ってとこかな」
「………大体アタリ」
 目の前の歩道用信号が点滅して、交差点に差し掛かる頃、ちょうど赤に変わった。信号が付いてるのが不思議なくらいの交差点だったから、無視して突っ切ってしまっても良かったのだが、なんとなく足が止まった。
 篠がちょうど一歩遅れて横に並ぶと、手が何かひんやりしたものにつかまれた。
「お、いつもの通りあったかいねぇ」
「篠が冷たすぎんだよ」
「ちょっと暖めておくれよ」
 そういっておどけながら手を握ってくるのは、彼女の今年の冬の常套手段だった。無言で手を握るのは照れるらしく、何かと誤魔化しながら色々試行錯誤を練って俺の手を握ってくる。
 潰れない程度に握り返すと、篠の手の冷たさがじんと伝わる。
「別にさ、他と張り合う必要ないかなって思って」
 信号が変わって、歩き出すのを合図に篠が思い出したように言った。
 あまりに唐突過ぎて、逆にさっきの答えであることがすぐに分かった。
「だって、今日一緒にいたい人決まってるなら、どこに居ても同じでしょ?」
「篠………」
 彼女のやわらかい笑顔に、俺は静かに、少しだけ手を強く握った。
「やっぱりお前、なんかヘンだぞ」
「………言うに事欠いてなんてことを言うんだよ」
「だってなぁ………」
 あからさまに違うと、こうも不安になるものか。
「ってか、何か隠してないか、篠?」
「べ、別に?」
「………さっさと白状しないと、ポテチはやらんぞ」
 決め台詞をたたきつけた途端に、篠の顔が悲嘆一色に染まった。というか、そんなにポテチ好きなのか。
 ともあれ、雌雄は決した。
 事情を話せと見下ろす俺に、少し躊躇ってから篠は覚悟したように顔を上げた。
「実はね………」





「ったく」
「………うぅ」
「財布落として金ないなら早く言えっての」
「だって………あまりにみっともなくて」
「そりゃそうだ」
「………うぅ」
「それで最近おかしかったのか。いつも馬鹿買いするポテトチップス、いきなり吟味し始めたりするし」
「奢ってくれるって言ってくれたけど、やっぱその、ほら、久しぶりだからがっついたらまずいかな………と」
「結局金欠で飢えていただけ、と」
「あはは………」
「はぁ……」
 ことさら深い溜息を侮蔑の意味ででも取ったのか、篠はしょげたように首を落とした。
 もちろん、そんな意味で吐いたつもりはないのだが。
 握ったままだった手を、軽く促すように引く。
「ほら、行くぞ」
「え、え?」
 元来た道を戻り始める俺に、意味が分からないまま彼女は目をぱちくりさせた。
「なんで?家、こっち……」
「………これじゃポテチ、足りないだろ?」

「………うん!」

 言葉足らずの俺の言葉を飲み込んでしばらく、ようやく彼女は笑った。


[終]