「すいかが食べたい」
突然、美也がそんなことを言った。
「………はぁ?」
夕暮れの縁側で涼んでいた僕は、やってきて仁王立ちになった美也の顔をのんびりと見上げた。
ま、でも背丈なんか同い年でも僕より全然足りないから少し見上げるくらいだったけど。
「すいかよ、すいか!あの丸い奴。こんな田舎にいて知らないの?」
「んなの知ってるよ。お前こっちに来た時散々食ったろ」
「田舎」という言葉に反論できずに、不機嫌そうに返すと、さらに美也が口を尖らせる。
不機嫌さじゃ、僕に負けてないらしい。
「じゃあ、食べさせて」
「ウチの母さんにでも頼めよ。そこらに転がってんだから」
そういって僕は面倒くさそうにため息をついて寝転んだ。
「真紀子おばさん、ウチの両親とどっか出かけたままなの」
あ〜そうだ。近所に買い物に行くとか行って、3キロ先のスーパーまで行ったんだった。
これだから田舎はいやだ。
途端にある構図が浮かんできて、僕は面倒くさくなる。
こんなことならついていけば良かった。
「ねぇ」
僕はとっさに美也に背中を向けて寝転んだ。
「切らない」
「なんでよぅ」
「いいじゃん。メンドイんだよ」
………そうはいったものの、理由は簡単だ。
冷蔵庫に等分されたのがあまってるならまだしも、丸ごと一つを切り分けて二人で食べるなんていうことは、まずできない。
仮に一人分を切り分けたとしても、ロクに手伝いもしないから、残りを冷蔵庫にどういれたらいいのか分からない。
「食べたいんなら、自分で切れよ」
「………けち!」
向けていた背中を蹴られる。
「いってーな!何すんだよ!」
「へんだ、バーカ」
美也はそういって逃げ出すと、少しはなれたところで舌を出し、そのまま奥へ走り去っていった。
追いかけようともしたけど、それがなんだか美也の思い通りになってるような気がして、すごいいやだったから、追いかけるのをやめた。
「ったく………なんなんだよ、あの女」
僕は美也が走り去った方向にはき捨てるように言って、もう一度寝転んだ。
―――美也は、都会から来たイトコだ。
なんでも、小さいころから美也の家族は住む所を何度も変わっていたらしくて、最近になって近くの都会にようやく落ち着いて、今年初めて遊びに来た。
紹介された時から、美也はなんだか怒ってた。
口を開けばわがままばかりだし、適当に聞いてると怒ってぶつし。
ウチの母さんとかは「同い年なんだから仲良くしろ」とか言ってたけど、あっちが仲良くしようとしないんだから、どうしようもない。
だから、明日帰るというのに僕は美也とはろくな話もしていない。
まぁ、どうせ明日帰るんだから明日までの辛抱だ。
明日から、フツウの夏休みが送れるんだ。
どごんっ。
「………?」
家の中から、モノが落ちるような音がした。
家の中から………?
「ッ!」
俺は履いていたビーチサンダルを庭に投げ捨てると、その脚でそのまま客間の畳を駆け抜けた。はねるような弾力で柱にぶつかりそうになったが、なんとかかわして音のあった方向へ急ぐ。
たぶん、さっきの話からすると………
「おい、なにやってんだよ!」
台所に入るなり、僕は叫んだ。
きっ、と憎しみとか戸惑いとかの混じった視線がこちらを上目遣いに見上げる。
美也の足元に転がった包丁、少し亀裂の入って、赤身の見えているすいか。
そして流しに見えるまな板。
…………そして、すいかと同じだけ赤いものが、美也の手の辺りから少しだけ流れてた。
「!」
美也はとっさに僕の視線の先から手を後ろに隠した。
困った顔………違う、おびえた顔でもう一度こっちを見あげる。
「おい」
「………ッ」
「ケガ………」
「ほっといて!すいか、切るんだから!」
痛みのせいなのか僕に怒られているからか知らないけど、突然美也が泣き出した。
足元に転がった包丁を拾い上げて、すいかを持ち上げようとする。
無理に動かした右手から、血が床に飛び散った。
「無理してんじゃねえよ!バカ!」
僕はすいかをとっさに取り上げると、一度大きく息をついた。
「まずは血を止めるのが先だろ!なにカンチガイしてんだよ!」
「いいんだからッ!ほっといて!」
「ほっとけるかバカ!」
初めは、こんな怪我させて事情を知ったら両親にぶん殴られるどころじゃすまないのが怖かったんだけど。
なんでかは知らないけど、こうして泣いてる美也がすごいかわいそうに思えてきた。
たまにクラスで起こるけんかでも、クラスメートにとめられたまま泣いてる奴がこんな顔してるような気がする。
怒ってる理由が、自分でも分かってないような。
気がついたら、美也の両手つかんでずっとこっちが泣いてる美也をにらんでた。美也は泣きべそをかいたまま、つかまれたままの自分の両手を見つめてた。
「ほら、包丁貸して」
なるべく、やさしい声をかけて手を離す。
美也は言われたとおり、包丁を僕に差し出した。
「傷、見るから。えっと、心臓より高いトコロに傷口あげるんだった、かな?」
体育で怪我した奴がそんなことを言っていたような気がする。
相変わらず泣きべそかいたまま、美也は言われたとおりにした。
「そのままで待ってろよ。今薬箱持ってくっからな」
美也は今までがうそみたいに素直に頷いて、僕が薬箱を持ってくるまで、じっと我慢するように突っ立っていた。
「ったく、人騒がせなんだよ」
「…………」
美也は、さっき僕を蹴り飛ばした元気もなかった。
ただ口を尖らせて下を向いていた。
一応、どっかのマンガで見たように血を拭いて、消毒して、ぐるぐるに包帯を巻いてみた。包帯は自分から見ても下手だけど、これできっと母さん達大人が来るまではなんとかなるはずだ。
「笑ってくれると、思ったん、だもん」
「は?」
「だって、ヤスヒロ、すいか食べてる時しか、笑ってんの見たことないから、さ」
そういって、美也が顔を膨らませる。
…………だけど、それは誤解だ。
別にテレビ見てるときだって、フツウに話してる時だって、僕は笑ってる。たぶん、僕がすいかをたべてるときにしか、美也は笑った顔を見ていないからだ。
逆に言えば、僕も美也の笑ってる顔を見たことがない。
「だからすいか食べられれば、ちゃんと、話できると思った………から」
言葉がどんどんちっちゃくなっていく。
「………なんだ」
言葉の中で言った言葉が、つい口に出た。
美也が顔を真っ赤にしてこちらをにらみつけた。
「なんだってなに?」
「そんなことで、僕を避けてたわけ?」
「避けてたの、ヤスヒロじゃん!初めっから嫌そうな顔してさ、私避けてたんじゃん!」
「…………」
まぁ、事実だ。
夏休みの一週間をいらん予定入れられて無駄に過ごすわけなんだから。僕は当初からこの計画が嫌いだった。
「…………仲良く、なりたかっ………だ……ん」
美也はまた、しゃくりあげるような声と共に泣き始めた。
なんだか、悪い。
こっちも、悪いんだ。
美也がこんなこと考えていたことを、知らなかった。
考えてみれば、美也はこっちでは一人なんだ。
「……………ごめん」
泣いてる美也に、言えることなんて、こんなことしかなかった。
「ほらッ」
「え」
やけくそ気味に、僕は切り上げた細切れのすいかの山を縁側に置いた。あまりに大きすぎてカレー皿二つ分くらいになってしまったので、とりあえず持ってきたその一つを美也の前に差し出す。
「こ、こんなに………?」
きょとんとしたまま、泣き跡のくっきりついたままの美也が僕とすいかを交互に見た。
「ちなみに、これは一人分だからな」
「えっ?」
「しまい方知らないから、切るのヤだったんだよ」
「………ごめん」
「んなことはいいの!それより、母さんが帰ってくるまでにこれ食べないと怒られるんだからな、たぶん」
美也をこれ以上泣かせたくなかったから、僕は精一杯話題を変える。
美也の手の件と、包丁とすいかを勝手に切った罪で僕は間違いなくゲンコ行きだろうけど、美也が何にも言われないならそれでいい。
「んじゃ、僕は自分の分持ってくるから、先に食べてて」
「…………」
振り向いた瞬間。
「やだ」
足をつかまれた。
やけにざらざらした包帯の感触が足首にまとわりついた。
「は?」
振り向くと、美也がこっちを睨んでいた。
「一緒に、食べんの。これが無くなったら、次食べればいい」
「……………」
「ね?」
「………わかったよ」
僕は腰を下ろすと、適当にすいかを取り出して口に運んだ。
台所にあるすいかはこの際放っておこう。ラップもいつもかけようとして出すとめちゃめちゃになるから母さんからいい顔されないし。
美也も、なんだか嬉しそうに食ってるし、いいや。
「………あ」
美也が振り向いた。
「どしたの」
「あ、いや。なんでも………ない」
「………?」
少し美也が不思議そうな顔をしたけど、僕は何も言わずにすいかを食べ続けた。
笑ってる顔、始めて見た…………。
終わりにさしかかった夏の夕暮れに、風鈴の音が一つ。
締め付けられるような思いと共に、僕は明日の「別れ」が急に惜しくなるのを感じていた。
[終]