浅春
プラスチックの受け皿にじゃらじゃらとキャットフードを入れてやると、春川マルさんは待ちきれんといった風に、ご飯皿になっている丸いトレーに顔を突っ込み始めた。
ガリガリバキバキ、一歳半の旺盛な食欲はとどまるところを知らないらしい。
「…………はぁ」
そんなマルさんのがっつきっぷりとは対照的に、しゃがみこんだ私は台所の床に軽い溜息をついた。
「マルさんはいいね」
難しいこと何にも考えずに、ご飯が食べられるんだから。
バキバキとキャットフードを駆逐してゆくその背中をそっと撫でる。ふわふわした彼女自慢の白い毛は、確かに掌に心地いい。そのもそもそした間から、春の匂いがした。
「私はね、もうお腹もすかなくなっちゃったんだよ」
マルさんは聞いているのか聞いてないのか、耳をぴくぴくさせながらもトレーに顔を突っ込んだままだ。
昨日は水しか入れられなかったから胃は空のはずだったけど、お腹は空かなかった。風邪を引く一歩手前のような、じわりじわりと足の先から染み入るような倦怠感だけが体にこびりつくように残っていた。
「君を拾ったあの人さ、もう私も君も、要らないってさ」
ぽかぽかしている陽気だからなのか、非常に眠い。
マルさんを撫でながら、開け放したままの窓を見る。午前の穏やかで優しい春の光が差し込んで、色褪せて黄ばんだ畳に歪な四角を作っていた。
「どうしよっか」
キャットフードを食べ終えて、お皿と口の周りをぺろぺろ舐めながら、ようやくマルさんはこっちの方を向いた。「なに?」って顔してる。呑気だ。
「…………今日もいい天気だね、マルさん」
春が嫌い。
人のぬくもりを感じなくても、暖かいままでいられるから。
何があっても賑やかで、なんだか自分が寂しくないと勘違いするから。ぽっかり空いた空虚に、何かが無理矢理挟まっているようにも感じるから。
あの人の名前の一文字だから。
だから、私は春が、きらい。
[終]