プラットホーム



 駅のホームには、街並以上に規律だった何かがあるような気がする。
 電車の出発時刻という区切りがあるためか、いつも同じ時間に同じ駅のホームに集まる人間、というのは大抵差異はあれど決まっているのが常だ。
 だが、大抵の在来線であれば人が多すぎて気づかないだろうし、少なすぎても興味がない場合とか、乗る場所が違ったりするとまず気づかないかもしれない。
 駅のホームは小さいようで、意外と人間の眼には余るものなのかもしれない。
「………なーんてね」
 自分の目の前数歩のところでせわしい動きをしていたハトが飛び立つと、僕は退屈に堪えかねて足を組み替えた。
 備え付けのベンチで、いつも手荷物の中に必ず一冊は常備している文庫本がないことを今更ながらに悔やむ。終わりまで十数ページだっただけに、余計気になっている。
 ホームには今、誰もいない。
 電車は二つ前の駅で人身事故と信号機故障のダブルパンチで完全にノックダウンし、もう予定から優に三十分ほど到着が遅れていた。混雑と苛立ちと舌打ちの極みで今にも殴り合いがおきそうだった殺伐とした雰囲気は今はなく、乗客の大半は急遽増便された振り替え輸送のバスに積み替えられて最寄り駅まで運ばれていった。
「はぁー………」
 欠伸交じりに、背もたれに腰を預ける。
 思い出したようにポケットの中から、くしゃくしゃになった遅延証明を出してみる。
 こんな時学生は楽なもので、遅延証明書さえ手に入れていれば十分遅れようが一時間遅れようがさほど問題はない。人がすごくてバスに乗れなかったとほざけばそれで済む。証明書には別段特記事項は書かれないから、何分遅延というのも分からない。
 このまま行けば普通なら遅刻なのは間違いないが、僕はそこを気にする必要は無い。
 空を仰ぐ。初夏の爽やかな風ががらんどうの駅を吹き抜けて、いっそ気持ちいい。
 今日もいい天気だ。
「あ、あの」
 ベンチで空を見上げて呆けているそばで、声が上がった。
 視線をずらすとそこに制服姿の女の子が一人、何か不安を抱えたような戸惑った視線でこちらを見ていた。大人しそうで地味という印象が前面に出ているが、素地は悪くない顔立ちをしていた。きっと教室でもこんな感じなんだろう。
 じろじろ観ながら失礼なことを考えていると、話しかけるのが申し訳なさそうな顔をして、彼女がまたこっちを見下ろした。
「あの、西尾先輩………ですよね?」
「え?………うん、そだけど」
 なんで名前知ってんだろう。どっかで会ったことあったっけか。
 疑問が相手に伝わったのか、彼女は知り合いということもあってか軽く微笑んだ。
「同じ部活だった瀬室………です」
「ああ、部活の」
 と相槌を打ってみるものの、僕にはとんと覚えがなかった。部活なんてもう一年以上も顔出してないからだ。
「お久しぶり………でいいんですかね?」
「こんなところで会うなんて、ホント奇遇だね」
「あの………なんで、先輩は、ここに?」
「強いて言うなら、君と一緒かな」
 ………誰か、電車が遅延してるのを教えてやったら良かったのに。まだ時間はあるけど、多分遅刻するとそれが自分の要因でなくても絶対落ち込むタイプだ。
「二つ前で人身事故と信号機故障が起こっちゃったんだってさ。大分かかるみたいだから、急ぐなら遅延証明もらってバスに乗ったほうが早いかもよ」
「そ、そっちじゃなくて………」
 そこまで言って、彼女は言葉を濁らせた。
 僕は視線を逸らした。電車が来るはずの、その方向を見やる。
 長く続く線路のレール。それは視界の向こう側、もっとずっと遠くまで………おそらく僕が行くべき場所までも続いてるはずだ。
 そうでなければ、僕がここに居る意味はない。
「先輩、一年位前にここで死んだんじゃ………」
「まあ、そうなんだけどさ」
 恐縮してるのか怯えてるのかすっかり黙ってしまった彼女に、僕は力無く困ったような顔を作って笑った。
 手の中に残っていた遅延証明がふわり、風に運ばれて浮いた。


「僕が乗りたい電車もなんか………まだ遅延してるみたいで」


[終]