夏の残思



 目の前の、電車の扉が閉まった。

「…………」
 ………ベンチに座った私を見る、少し名残惜しそうなガラス越しの視線。
 後で辛くなるのは、分かっていたけれど私は、あえてそれを逸らした。
 私に投げかけられたそれも、動き出した最終電車に揺れながらテールライトを残した明るい夜の闇に掠れてゆく。

 後に残るのは過ぎ行く夏の雑踏と、蝉の声すら聞こえなくなった地方都市の中途半端な町並み。

「………行っちゃった」

 そう、自分に言い聞かせるようにして、立ち上がった。
 分かってる………分かってるんだよ。
 こんなの、いつものことじゃないか。
 ………慣れてるよ。

 私はホームの階段を降りると、静かになった一階のフロアを歩き出す。
 煌々とした明かりだけが無造作にともるだけで、もう、誰もいなかった。

 しおれてしまった入場券を取り出して、改札へと歩き出す。
 別れの時に力いっぱい握り締めてしまったから、もうボロボロ。
 通るか心配だったけど、ちゃんとがしゃんという音を立てて回収してくれた。

 一度、すこしひんやりとした大きな夏の風が構内に吹き込んで。
 私は立ち止まって、改札口を振り返る。
 電話だって、メールだってある今のご時世だけど、やっぱりそばにいられないのは何よりも辛い。

 越える時間はまた長く遠いけれど。
 私たちの恋は、きっと距離に負けたりなんかしない。
 私は、心の中で堅く、強く祈る。

 …………この時間が、いつか報われますようにと。


[終]