氷水
頭上でからころん、と硝子に注いだ氷水を揺らすような音がした。
「………」
清涼の音に喉が渇いて目を開くと、縁側へ斜めに差し込む午後の太陽にどこかで鳴いている蝉の声が音をつけていた。
目の前、軒先には安物の風鈴が一つ。微風にころり、氷水の音がした。
「あー………」
確か、コイツには一昨年から騙されているような気がする。
どこからか母さんが買ってきた風鈴だ。風情を嗜むそぶりすらない母が、安かったからたまには、とか言ってたから間違いなく安物なんだろう。
涼を示す水色の模様の中に、小さなサイコロのような舌が入っている風鈴は、ひっくり返してみれば本当に氷水のように見える。
「………」
寝ている間に陽射しの角度が変わり、汗だくになってしまったTシャツをパタパタさせながら半身を起こすと、背後で寝返りを打つ気配がした。
「んー………」
やはり頭上の氷水に反応でもしているのか、だるそうな声がその喉から漏れる。
年頃の恥じらいをまったく感じさせないそのおぞましい寝相は、見ている僕に色香よりも先に呆れを感じさせた。
「………美也」
従姉妹の美也が一年ぶりに帰省して、着いた途端に寝てしまったのが容易に想像できる。髪が伸びていて一瞬迷ったけど、この寝相は美也以外に真似出来ない。
「まったく………」
汗でべた付いた額から髪の毛を払い、そばに放り投げてあったタオルで額を軽く撫でてやった。寝る前に盆お決まりの線香だけはあげたらしく、どこからかあの独特のひんやりした匂いが漂って来た。
からん、ころんと涼しげな音がして彼女はまた、今度は僕に背を向けるように寝返りを打った。夢の中で氷水でも飲んでるんだろうか。
「…………」
居間のほうで叔父さんと母さんの声がしている。さっそく僕を差し置いてスイカでも食べていそうな雰囲気だ。
タオルを元の場所において立ち上がった瞬間、足元で髪の毛が畳を擦れる音がした。
「………ん」
ぼんやり、焦点の定まらない視線はまだ半分夢の中で僕をとらえていた。
「今年も、ご苦労さま」
「………うん」
からからん、風鈴が持ってきた一瞬の沈黙の後、声が重なった。
『―――おかえりなさい』
[終]