Grape Sour



 『あ…………』

 そこで、ちょうど俺達二人の声がハモッた。
 そりゃもう、誰かに聞かれても大丈夫なくらいキレイだった。こんな人のいないような深夜のコンビニで聞かれたら逆に恥ずかしいんだけど。
「っと」
「…………」
 あわてて手を引っ込めて、互いの顔を気まずそうに見合う。
 目の前には酒の棚。
 そして、ちらりと見やる上の棚には「巨峰サワー」が一缶。

 そう、俺も、彼女も好きな「巨峰サワー」が。
 ………一缶きり。

「………あたし、どうしようかなー」
 俺の隣にいた奈津美が苦笑いとともに切り出した。
 どうやら、なんだかんだで譲歩するつもりらしい。

 ………いつもそうだ。
 放っておくと、彼女はどちらかっていうと「嫌なほう」をしょってる。
 それを見ているのがたまらなくいやだ。

「俺、巨峰いいから。飲んでいいよ」
「え、いいよぉ。だって、ハマ君、手、出してたじゃん」
 そりゃ君だって同じだ。
 君が手を出さなかったら俺だって引っ込めなかった。
「だって、飲みたいんでしょ」
 ………言いかけて、何を言ったらいいのかわからなくて別の言葉。
「いいよ。別に。私は何でもいけるクチだから」
 そういって陽気に笑いながら、視線を他に移す。
「…………」

 ………まただ。
 なんでこの笑顔に逆らえないんだろ。
 俺はなんだか無性に情けなくなって少しむかっとしたまま、かごの中に巨峰サワーを叩き込んだ。

 最近なんとなく彼女にかばわれてるような気がして、余裕のある彼女の笑顔がいらだつようになった。
 別に、何か特定の理由があるわけじゃない。
 あるとすれば、彼女が年上とか、身長が2センチ高いとか、そんなくだらないことだ。

 ほんとに
 そんなことがくだらなければいいと思う。


「私、これ」
 彼女が持ってきた同じサイズのグレープフルーツサワーが、かごの中で隣のごろごろ音を立てる。
 その音も、なんだかしゃくにさわった。
 その後しばらく適当なものをかごにぶち込んだ後、とっとと清算を済ませて外に出る。
「うわー、さむっ」
 彼女がわざとらしくコートの襟を立てる。行動とは裏腹に、楽しそうだった。
 無言のまま、俺はただ家の方へ歩きだした。
「ねぇ、ハマ君?」
「…………なに」
「不機嫌だね」
「そう?」
「そうだよ、ブスーッとしちゃってさ。いても楽しくない?」
 やっぱり、余裕そうに俺を見てやがる。
「違うけど」
 ようやくそう言い返すのが精一杯だった。
 胸のおくのイライラが溜まっていく。
「なら、いいけど」
 それだけをいって、またちょっとだけ、彼女が前を歩いていく。
「………なっちん」
 わざと聞こえるか聞こえないかの声で、言ってみる。

 『予想通り』彼女が笑って振り返った。

「なに?」
「………なっちんって、悩み事とかないの?」
「失礼な。ん〜、でも………そうだなぁ」
 ため息の後、ちょっとだけ上を見上げる仕草。
 その視線の先に自分の顔がないことにちょっとむかついた。
「………体重増えたとか、じゃだめかな?」
「なにそれ」
「ダメなのか………」
 がっくり肩を落とす先輩。
 その顔が、見るに耐えなかった。
「バカにすんなよ」
「………ハマ君」
 いきなり怒鳴られて、先輩が目を丸くする。
 怒ってる自分の怒ってる方向が違うのはわかってる。
 ホントは、ぜんぜん違うことを言って気を紛らわせるつもりだったんだ。
 そうすれば、今まででどおりで済んだんだ!
 見る見るうちに奈津美の顔が暗くなっていくのを予想して、どうしようもなく怖くなった。
「………だって………一応、彼氏なのに、俺………頼ってもらえてないんじゃないかって……」
 小声でもごもごと、言い訳がましかった。
 自分でも、情けなさすぎると思った。
 でも、他に何にもいえなかった。

 二人でバカみたいに真冬の深夜に歩道で突っ立ったまま。
 しばらくして奈津美が何か言うまで、そのままだった。
 突然、吐き捨てられたように、奈津美の口から二文字飛び出た。

「バカ」

「………え?」
「そんなことでいちいち悩むくらいなら、ぐわーって引っ張ってってよね」
 奈津美はこっちをみながら、相変わらず笑っていた。
 でも、イライラしなかった。
「でないと、こっちが不安でしょうがないんだから」
 勝ち誇ったような、大輪の花みたいな笑い。
「……………」

 …………勝てない。

 直感で、確信した。
 今の笑顔は、全部分かってたって笑いだ。

「ハマ君。早く行こうよ。寒いんだ、さっきから」
 彼女がなんでもなかったかのように、足踏みをはじめる。
 ったく、なんでか一本調子の外れた俺の彼女。

 それが、ちょっとだけうれしいことに気づいた。

   −−−

 また北風の中を歩き出す。
 皆が待ってる俺のアパートへ向かって。
 要は、サークル仲間と飲み直しだ。

「なぁ、なっちん」
「ん?」
「巨峰サワー、はんぶんこしよう」

 初めからこうすればよかったんだ。
 なにも、悩む必要なんてなかった。
 そう。
 なにもわかる必要はない。
 ………俺達は確かめあえばいいんだ。

「いや?」
「ううん♪」
 彼女は少し笑った後、満足そうな顔で、俺にうなずいた。


[終]