Fall'en



 ―――ごめんね。

 そういったつもりだったけど、泣き叫んだ後で枯れてしまった私の声は、それを音にはしてくれなかった。
 涙で濡れた冷たい頬をそっと拭って、立ち上がる。
 拍子に、感覚を忘れていた右手が青白い顔をして、口からナイフを吐き出した。
 フローリングにごとり、と厭な音がして、その切っ先が一度くるりと回って、背後にある十八階の窓の外を、鋭い矢のように指した。
「…………」

 呼んでいるのか。
 それとも………呼ばれているのか。

「…………」

 一瞬の戸惑いの後、もう、どっちでもよかったことに気付く。

 歪んだ血の半円を引いたナイフを見下ろし、私はまた、軽く後ろを睨みつける。
 窓の外は今日も、綺麗な青い空。
 口の端が哀しいくらいに歪んで、私はこの崩壊した楽園をただ見下ろした。

 地上に堕ちても、次の自由がどのくらいなのか、私には分からない。
 でも私は、もうここにはいられない。
 痛みを堪えてきたこの鎖を引きちぎってでも、私はここから出て行きたかった。

「……ごめんね」

 かすれてしまってとても小さい声だったけど、こっちを見ていつものように転寝をしている優しげな顔に、私は出会った頃の、精一杯の笑顔で別れを告げた。
 そして、私はこの"高い空"を、"楽園"を静かに閉じて、後にした。

[終]