Confront



「ッ!!」

 刹那、穿たれた足元の左側は、音より衝撃の方が若干早かった。
 転瞬、炸裂音を巻いて光の矢が二本。
 掌で受け止める刹那、左腕に意識を集中。光を纏わせて消去。
「くっ!」
 一拍置いて、前にあった小さな石が、爆ぜる。
 きらめいた白刃は三本の爪のように、頭上から降り注いだ。
 後方に退いてかわしきった瞬間、背後から来た矢が足元に突き刺さった。
「ッ!?」

 ………遅れている。

 直感が、まずいと告げる。
 音より先に届く攻撃。
 力が尽きて展開できなくなった《盾》。
 八方から際限なく襲い掛かる攻撃に俺は既に対抗するだけの力と、退路を失っていた。
 代わりに消費されていく精神力と反射神経はその限界をとうに超えていた。


「…………」
 短い息を冷えた風に乗せると、けぶる砂が強い風に吹き放たれた。
 その向こう側に、男が一人。
 その身と同じ長さの杖を地について、こちらを見据えていた。
 涼しげな顔は初めと同じで少しも揺るがないまま、圧倒的なその力と、それを象徴するかのような力強く光る蒼い瞳をたたえていた。
 そして、その口からぽつり―――。
「………正直、失望だ」
 溜息にうずもれるような、声。
 燃えさかる炎のように、蒼い瞳と対を成す紅蓮の髪が風に揺れる。
 高位の魔導師が纏う魔力は、髪の色でさえ無意識に変えてしまう。
 特に、彼が纏う魔力の質は、この国でも一、二を争う《暁》の名を冠していた。
「どの程度かと思えば、期待はずれもいいところだな」
「………」
 小さく息をついて、俺は向かってくる圧迫に近い視線を睨み返した。
 そうすることできしきしと、巻きついてくるような左腕の刻印の痛みを、振り払う。
「今、冗談だったといえば、許してやらんこともないが」

「冗談で………冗談でここまで貴方に立ち向かえますか」

 圧倒的な実力差があることも、知っている。
 まぐれでも勝てないことは、分かっていた。
 それでも俺は―――守るべき者のために、立ち向かう道を選んだ。
 信念を貫き通す意図において、そこに後悔はない。

「………なら、仕方ない」

 ただ短く切って、《魔導師》は杖を持ち上げる。

「ここであきらめて、散れ」

 言葉の端が切れた瞬間。
 閃光が視界の端から端までを覆った。
「…………」
 思わず、息を呑む。
 全方位からの、魔法による一斉攻撃。
 やろうと思えばいつでもできたはずだ。

「さぁ、お前の首は、既に断頭台の上だ」

 光環の向こう側に立つ男の声は、淡々としていた。
 蒼い瞳は、ただの事実を見据えて、口をゆがめた。

「どうするね」
「……………」

 加速してゆく動悸を押さえつける。
 無言のまま、相手だけを睨み据える。
 集中。
 集中。
 ………一点のみに、集中。

 地を蹴りはなった瞬間、振り下ろされた杖を合図として光環が目の前へと迫り、視界の全てを覆う。

 左腕に意識を集中させて《魔導師》へと駆け出してすぐ、光環へぶつかった炸裂音と、左腕が破裂したかような強烈な衝撃と痛みを覚えて、俺は意識を失った。

    −−−

「………抜けたか」

 端的に事実だけをいって、私は騒ぎの収まった眼前を静かに見やる。
 光環は一部を破られたために全てが消滅し、あちこちが魔法によって抉れた、荒い岩肌の地面の上にまだ青年と呼ぶにはいささか幼い少年が一人倒れていた。
 彼が魔力を制御する左腕は彼が意識を失うと同時に光を失い、今はただの刺青と化したまま、光環によって大きく一文字に切り裂かれていた。
 命には別状はないだろうが、放っておけば傷痕が残る。

「…………ギリギリ、合格かね」

 練り上げていた力を一気に外へ解放して、髪の色を元に戻す。
 杖を肩に乗せながら倒れた少年の元へ向かい、左手から滴り落ちる血を厭わずその腕をつかむ。
 魔法の酷使のためか、傷のためか、少年の顔が無意識に苦痛に歪んだが、私はそのまま、一度深呼吸をして魔法を練り直す。
 血を止めて傷を塞ぐだけならまだしも、痕を残さないようにするのには、いささか時間がかかる。
「まったく………確かに実力と肝は据わっていたが、この程度ではな」
 ………まぁ、それを以って光環を抜けたのも、この傷も、一途さ故という奴か。
 治癒の魔法をゆっくりとかけながら、私は少年の横に座りながら思う。
 そろそろ、事情を聞いた者が怒り心頭ですっ飛んで来る頃だろう。

 声がして視線をずらすと、川の向こう側にある林道から誰かが向かってくるのが見えた。
 なにかをわめき散らしながらやってくるのを見て、相当怒っているのが分かる。

「………噂をすればなんとやら、か」

 私は表向きなんでもない顔を作って、ずんずんと向かってくる少女を出迎える。
 私は一瞬の隙を与えないほどに、強い存在として彼女の前になければならない。

 彼女は、私が世界中で二番目に愛する人。

 …………まだ目の黒いうちは、誰にも渡さないと決めた人なのだから。


[終]