四回裏、無死




 やばい、打たれた。
 快音が響いた瞬間、僕はそれがホームランだと確信した。音といい当たり方といい、飛距離は申し分ないだろう。
 相手の三塁側応援席からは、初回のような歓声は既に聞こえてこない。それが当たり前のように、静まり返っていた。

「ふー………」

 左手にはめていたグローブを取って脇に挟み、僕は一度大きく息を吐いた。
 ユニフォームの肩口で汗を拭いながら、僕はホームベースを踏むランナーを見ないように、ホームベースとは逆の、背後の得点板を見上げた。
 高い空のはるか手前にそびえる深緑の電光得点板に灯る明かりは、強い日差しで見えづらくなっていた。

 一回に八点。
 二回に十点。
 三回に四点。
 四回に三点。
 合計二十五点。

 まあ、僕も我ながら良く打たれたものだ。
 新人戦だから、相手は主力の3年生がいないはずなのだけど、この打撃力はなんなんだろう。
 優勝候補筆頭、縦浜翠嶺。
 甲子園は夏に四度、春に二度。おまけにその甲子園で優勝一回という超がつくほどの名門校を相手にこれだけの点差で済んでいるのはむしろ幸運なのかもしれない。ここまで打たれると、逆に諦めもつく。
 相手の打者はトップバッターに返って八順目。僕は投球百四十球位。単純な球数だけなら死闘を演じているように見える。
 相手はこんなにめちゃくちゃな試合展開なのに、一向に手を抜く様子はないようで、相変わらずネクストバッターサークルから、ギラリとした眼光で僕を睨みつけてくる。うう。僕は何にも悪いことしてないのにひどい貧乏くじだ。
 抽選会で第一シードのすぐ下を引いたキャプテンには、後でたっぷりとその運の悪さを嘆いてもらうとしよう。
 足元のロージンを拾い上げて、左手でお手玉する。ばふばふと、白い粉が宙に舞う。
 ………しまった、グローブはめる方の手に滑り止めつけてどうすんだ。
「バッターラップ!」
 ロクに休ませてもくれない審判の声がする。と言うか、なんであの人たちはこの暑さであんなに元気なんだろう。
 ロージンを右手に付け直して、ボールを握る。僕自身、調子は悪くない。つまり、調子が良くても僕が打たれるのは必然なのだ。そこに負い目はない。
 相手の打ち損じを期待するのと、早いところたくさん打順を回してうんざりさせて疲れさせよう。こんなボコボコに打たれる展開、こっちは慣れてるし。
 初球は………と。

『外側に少しはずせ』

 まあ、さっきから指示なんてこんなもので。
 僕に、球速とコントロール要求されてもね。
 そもそも球速かコントロール、どちらかがあったら、こんなに打たれてないんだ
「よっ………っと」
 パキッ、っと鋭い音がして、打たれたボールは僕の頭上の遙か上を通り過ぎていった。やばい、これもホームランか。
 先ほどのように確実なものではないので、その行方を追う。
 高く早く上がったボールは必死で追いかけるバスケ部助っ人、センターの仲道君の伸ばしたグラブに………ギリギリのところで納まった。

 ファインプレーと言うより、打たれたところが良かったというレベル。
 まあ、それでもワンアウトに変わりはない。

「………ふー」

 三振は取れないし、打たれたらそのまんまだし。これでよく四回までやってこれたもんだ。

 まあ、それ以上に驚きなのは…………。

「いつからこの競技、ラグビーになったんだっけ………」

 総得点の欄に描かれていたのは、僕が取られたのと同じ「25」と書かれた数字の下に、「27」という数字が並んでいた。

 相手は優勝候補筆頭、縦浜翠嶺。
 甲子園は夏に四度、春に二度。おまけにその甲子園で優勝一回という超がつくほどの名門校。
 四回裏終了、二十七対二十五。
 まあ、なんだかんだで僕たちは勝っている。

 なにしろ信じられないのは、サッカー部の僕がまだ勝ち投手の権利を持っているという事実だった。

「あと、何点取られるかなぁ………」
 十点差じゃないとコールドゲームにならないから、まだまだ試合は終わらない。

 ぼふぼふ。
 ロージンから白い煙を立たせる。僕はそこに試合参加賞のラーメンの湯気を重ねながら、最終スコアを予想してため息をついた。




[終]