【道】
大して舗装も進んでいない道路。
急ぐ足だけが砂利を疾駆する。
荒い息遣い。
【バス停】
目の前に田んぼ、砂利を多分に含んだ道路。真ん中にあるバス停に止まっていたバスに、エンジンがかかる。
和美「待った!そのバス待った!」
その少し離れた場所から猛追する千田和美(16)。しかしバスは和美に気付かず、バス停を離れる。
和美「ああっ」
バス、エンジン音を残して去る。すれ違いに駆け込んでくる和美。バス停の前で息が切れ、鞄を落として膝に手を突く。
しばらく荒い息。
和美「(大きな息を吐く)また遅刻か……」
恨めしげに呟いて、視線をずらす。
そこで和美、いつも座る待合の席の近くに人の良さそうな男、森屋一俊(23)が一人、自転車の前に座っているのに気付く。
和美「………」
一俊「惜しかったな」
軽く笑う一俊に、和美、少し睨む様な顔をして待合の椅子に座る。
しばらく一俊の自転車をいじる音のみが響き、和美、何気なくその動きを追う。
一俊「あ、そうだ。学生さんさ、この辺の人?」
和美「………(視線をわざと逸らす)」
一俊「……さっき笑ったので怒ってるなら謝るよ。ごめん」
和美「………(まだ少し怒った口調で)地元ですけど?」
一俊「ああ、よかった。じゃ、この辺にある自転車屋さん知ってるよね?どうやら、 チェーン外れちゃったみたいでさ」
和美「自転車屋はこの街にはないですよ」
露骨に顔をしかめる一俊。
一俊「え?」
和美「隣町まで行かないと、ありません」
一俊「………そっか」
頭を掻いて、鞄から煙草を取り出すが、ライターを探して出てこないことに気付いて、舌打ち。すぐにしまいこむ。
一俊「ついてねぇな……ここまできて」
チェーンの外れた自転車。
【森】
蝉。鳴り響く声。
【バス停】
バス停自体を正面からみた図。
先ほどと状況は大して変わらず、石段の上、自転車の前に一俊、隣の長椅子に鞄を置いた和美。
一俊「ぐぐ……」
チェーンを歯車に戻そうとする一俊の手。
しかし、がちゃんという音を立ててまた外れる。
一俊「あー……」
その様子を見ながら、和美、開いた本の合間から溜息を漏らす。
和美「まだ直らないんですか?」
一俊「生まれつき………よっ」
がちゃん。音を立ててチェーンが外れる。
一俊「不器用なんだ。今までも自転車屋さんに直してもらってたからなぁ………」
和美「………」
一俊「はぁ、埒あかないや。休憩だ、休憩」
一俊、油汚れのついた手袋を外し、傍に置いたタオルで手を拭いて、ペットボトルの水を飲み干す。
和美「どこまで行く予定なんですか」
一俊「とりあえずこの先の、紙沢岬まで」
目を細める一俊。和美は顔を微妙に固くする。
和美「でも、あそこは」
一俊「崖しかないってな。ま、柵もないっていうし、飛び降りるにはもってこいだ」
和美、ふざけたような顔の一俊をじっと見つめる。
視線に気付いた一俊、一度気まずそうに和美を見てから、視線を自転車に戻す。
一俊「逃げる人生に疲れてね………」
和美「………」
一俊「ごめん、ふざけすぎた。別に飛び降りるつもりはないんだ」
一俊、再度軍手を嵌め直す。
騙された和美、釈然としない顔で本を閉じる。
和美「じゃあ……」
一俊「旅のついで。だってこの町岬くらいしか名所ないしさ」
和美「田舎だからなぁ……」
和美の目の前、広がる田畑。
静まり返るバス停、染み入る蝉の統一された音。
一俊「んー……」
チェーン、痛ましい音を立てて再度外れる。がしゃん。がしゃん。
一俊「学生さん、悪いんだけど十円玉持ってねぇか。電話したいんだ」
一俊、鞄から財布をひっくり返し、掌に取り出す。中身、二百とんで三円。
和美「あ、携帯、ありますけど」
一俊「いや、十円玉がいい。人の携帯は使いづらくてかなわない」
和美「自分のは?」
一俊「この前、水に落として壊した」
和美、渋々鞄からお財布を取り出し中の十円を幾枚か、一俊にわたす。
一俊「ああ、一枚でいいや。用件伝えるだけだから」
一俊、一枚だけもらって後を返す。立ち上がり、停留所横の電話に歩き出す。
一俊「今日の宿泊先に遅れるって電話しておかないとさ。紙沢岬行ったら日が暮れるまでに間にあわないから」
和美「なんだ、野宿とかじゃないんだ」
一俊「当たり前だろ。倒れてるのと間違えられでもしたら警察行きだ」
設置電話で操作をし始めた彼を見ようとした瞬間、彼女の携帯も鳴り出す。
「メール一件」、友達からの心配メール。
和美がメールを打ち返して送信している間に、一俊の電話も終わる。
一俊「なんか、自転車治りそうになかったら迎えに来てくれるってさ」
和美「あ、よかったですね」
一俊「そういえば、学生さんはあとどれくらいでバス来るの?なんか、大分待ってるような気がするけど」
和美「(時計を見ながら)後、十五分くらいかな」
一俊「え、じゃあなんだ、さっきのバスから四十分も来ないのかよ。朝だってのにバスもロクに来ないんじゃ大変だな」
和美「この停留所でさえ、いつも私くらいしか乗らないから、仕方ないんです」
一俊「で、今日は唯一の客が乗り過ごしと」
和美「うるさいなぁ」
一際大きい音がして、チェーンが鳴る。
一俊・和美『あ』
【バス停】
砂利道の向こう側、遠くにバスの影。
バス停側、立って道のほうを眺めている一俊と奥で座っている和美。
一俊「あ、来たぞ」
和美「(時計見ながら)じゃあ時間通りかな」
ポケットに手を突っ込んで立っている一俊の隣に、和美が立つ。
一俊「あ、そうだ。学生さん」
和美「はい?」
一俊「楽しかったよ、チェーンも直ったし」
笑う一俊、きょとんとする和美。
和美「……はぁ」
一俊「旅の醍醐味って奴かな。悪くないね、こういうのも」
バス近付く。バス停、二人と同じ画面に入る。
バス、二人の前に止まる。
和美「……それじゃ、元気で、旅人さん」
一俊「あ、そうだ。これやるよ」
一俊、鞄とは別に持っていた小さな袋を取り出す。真ん中に可愛いウサギのプリント。和美吹き出す。
和美「なにこれ」
一俊「十円のお礼。もう、俺にはいらないものなんでさ」
差し出された袋に、逡巡する和美。
バス扉、開く。中にいる車掌。怪訝な顔で二人を見る。
車掌「………乗りますか?」
和美「(振り向いて)あ、乗ります」
和美もう一度、今度は一俊に振り向く。
和美「……いらない。ここで十円借りた、って覚えといてよ。岬以外、他には何にもない田舎なんだから」
一俊「(苦笑い)………了解」
和美、急いでバスに乗り込み、バスが閉まる。
別れ惜しむ暇もなく、バスが走り出す。
バスを見送る一俊。
一俊「やっぱ、なんか分かるのかな」
顔を落とす。開いた袋の中、札束。
一俊「岬行きはお預けか……ま、もっぺん頑張ってみて、ダメだったらまた来るか」
見送ったバスの方からパトカーが一台、バスとすれ違って、やってくる。
一俊「お、やっときた」
一俊、近付いてくるパトカーに手を振る。
一俊「おーい。こっち、こっち」
[終]