Carefree 第8話 「ゆきがっせん」
「ヒロ、雪合戦しよう?」
「…………は?」
私はなんて返したらいいのかわからず、読んでいた新聞を広げたまま固まった。
昼食の後。
今日は天気がよくて風もよく入るから、私は昼寝でもしようかと思っていた矢先の出来事だ。
「えーと、トモヒトくん?」
「なに?」
………そんな「何が疑問?」とかいう顔でこっちに顔を見せるな。
真顔で、私は人差し指を一本立てた。
「これはなに?」
「……人差し指でしょ?」
「何本に見える?」
「一本」
暑さのあまり頭がオーバーヒートしたわけじゃなさそうだ。
「今日、何日?」
「八月の二十一日」
「季節は」
「夏」
「………」
「……」
「……雪合戦?」
この残暑厳しい折になに言い出してんだ、コイツは。
「そうだよ?」
あっけらかんと笑うトモヒトに、私はどこからか持ってきたうちわを差し出した。
「ほれ、これで頭を冷やせ」
「あ、バカにしてる!」
まだ気付いてなかったトモヒトに脱帽。
っていうか、嘘にしては熱心というか、いつもより低レベルでうざい。
「いや、普通バカに……ってーか、どう考えたって真夏に雪合戦はおかしいだろ」
「だから、雪合戦できるんだって」
「………」
「信じろ!」
「なぜ、命令形なんだ」
「信じてないから」
さらりと言って、トモヒトは灼熱の玄関口から私を手招いた。
「ほら、早くしないとこの暑さなんだから、溶けちゃうよ」
「俺は行かん」
「えーっ!」
「オマエはガキか」
非難を押さえつけるように、私は玄関先のトモヒトをにらみつけた。
「たとえこの暑い中雪合戦が出来ようとも、俺がガキどもに混じってどうすんだよ」
「一緒に」
「………」
「……」
数秒だったが、個人的にはすさまじい攻防だったような気がする。
「それじゃいいよ、一人で行って来る」
トモヒトはぱっと立ち上がると、
「あ、麦わら帽子」
「もってるー」
トモヒトの声が、フェードアウトしながら階段を駆け下りていった。
音が「がらんどう」になったドアから、そよそよと夏の風。
そのなかで、私は一度おおあくびをかますと、新聞を畳んだ。
視線を移すと、そこに広がる古来よりの港町。日が高いということもあって、往来がまず見えない。蝉の声だけに、私は耳を澄ます。
「俺が知らないとでも思ったのかよ………」
溜息混じりに吐いた、窓の向こう側。
崖に片手を抱かれたようになっている入り江の砂浜が、まるで流氷のように白くなっていた。
ここからなら、まぁ雪原に見えないことも無い。
満ち潮で残った入り江の水溜りが太陽の熱で蒸発して塩になる。
答えなんて、そんなものだ。
「しっかし、少し考えてわかんないかねぇ………」
で………トモヒトは誰と砂浜で雪合戦するんだろう。
あまりにこっけいなその光景を思い浮かべながら、私は前の持ち主が残していったボロソファーに横になった。
じー、じじじぃいいいーっ。
外のすぐ傍を、飛び去っていく蝉。
「あー………うるせ」
それでも、流れてくる風と、落ちる瞼に身をゆだねるように。
私は夏の午後、ことんと眠りに落ちた。
[終]