「………んぅ…」
明らかに異質な感覚は、彼女の眠りを変質させたらしかった。
静寂の中に放たれた声は一瞬、目の前にいる私の良心を跳ね打った。だがそれと同時に、至福に満ちた甘美な呻きは、私の隠された欲望をさらに歪ませた。
こたつの向こう側でゆっくりと寝返りを終えた静かな寝息はまた、程よく更けた夜の中に埋もれ、時計の音の影に隠れた。しかし、私の胸に燻ったものは幾度もの葛藤を経て、既に容易には納まりがつかなくなっていた。
私はただ雪のように降りる気まずい沈黙を誤魔化すように、冷めたコーヒーと共に流し込んだ。すっと胃が凍て付くような冷たさに思わず顔をしかめる。
「…………」
いつものように、部屋には私によって作り出された静寂が立ち込めていた。彼女を決して起こさないように、私の満足のいくまで眠らせることのできるように、息詰まるような緊張の糸が私を縛り上げる。
私は、彼女が良く眠りに落ちることを知っていた。
それが度々、深いものになることも、良く知っていた。
そして、眠りと覚醒の狭間に在る彼女の声がひどく妖艶なことも、私は良く知っていた。
「………ふ……」
再び、私の冷たい足指が舐めるように、彼女の柔らかな足の裏を軽くなぞり始める。皮膚を薄くそぎ落とすような感触は、彼女の眠りを微かに震えさせ、低く乱れる息が私の満足を充たして行く。むず痒くじれったい感覚が体を駆け抜けると、やはり息詰まった静寂がもっと、もっとと私の首を締め上げる。
これは彼女自身は未だ気付くことのない、内的に存在する性質だったらしく、初めて気づいた時、私は普段から家族のように慣れ親しんでいた彼女の奥底を垣間見たような気になり、ひどく興奮し、そしてとても醜い物を内に招き入れてしまったことを悟った。
以来、私はこうして彼女の深い眠りを誘っては、彼女の知らぬ彼女を相手に、一人視覚も聴覚にも頼らない、触角だけの饗宴を楽しんでいた。
乾燥した冬の吐息にも潤いを保つ踵のまるみ、ふくよかな脹脛は張りも良く、滑りの良い膝を撫ぜるたびに、身悶えのする声が彼女の口をついた。冷たい私の足を拒絶するかのように震える暖かな足を丹念に愛撫している合間合間にも、彼女の寝息は私を高め、私の足はまるで別の生き物のようにせわしなくその声を求めて、柔らかい肌の上を這った。
「ぅくっ」
内腿に触れた瞬間、彼女が一度震えるように大きく跳ねた。とかく暖かくもないこのこたつの中では、私の足はまだ冷たいままだったのだろう。特に敏感な部分に触れ、彼女は一際大きく震え、私の充足にたる悶えを示した。私の背も同時に大きく震え、頂点の恍惚に似た快感は私の体を大きく痺れさせた。
その瞬間、突如大きく動いた彼女の艶かしい足から、私は慌てて瞬時に足を引いた。ただ驚いたのと罪悪が混じったように、動悸がいっぺんに早くなり、冷や汗のような後ろめたい気持ちがすぐさま恍惚に水を差した。
続けてこたつの反対側が気だるそうに何度か動くと、彼女は寝惚けたように何かを呟き、それからうっすら目を開いて、私と目を合わせた。
「…………帰ってたんだ」
まだ寝惚けたようなぐずったような声で、伸ばした白い手がこたつの上に載った。私は内心穏やかでないまま、その冷たい手を握った。この分では肩や上半身もかなり冷えてしまっているかもしれなかった。
「こんなに冷えちまって………コーヒーでも飲むか?」
「………うん」
私に手を引かれて起き上がりながら、彼女はこたつの上にあった時計と目を合わせて、それから一度、大きく鼻をすすった。
「お前………こたつで寝てると、風邪引くぞ」
こたつの上にのっていたカップを二つ拾い上げて立ち上がると、それを止めるように、彼女の視線が下から突き刺さった。
「うん、気をつける………でもね」
小言になりそうになった私の言葉を、彼女が切った。互いに少し躊躇した間、私と彼女に気まずい一拍の間が流れた。
そして、誠に言い出しにくそうに、彼女は苦い笑いを浮かべて顔を伏せた。
「でもね、そっちだって…………十分、冷たかったよ」
[終]